メイン画像:エーザイ株式会社(SX事例)
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製薬

アルツハイマー病新薬の普及を通じて、サステナブルな世界をともに実現する。

エーザイ株式会社

#サステナビリティ経営 #サステナビリティ・リンク・ファイナンス

世界的に高齢化が進む中、認知症患者は増加傾向にあります。またそれに伴い、医療費や介護費等の直接的なコストに加えて、家族や近親者らによる無償の介護(以下「インフォーマルケア」)にかかる費用「インフォーマルケアコスト」や家族の介護離職等の社会的コスト増加が社会課題となっています。これらの課題解決を通じて社会善の実現をめざす製薬会社のエーザイは、認知症の主な原因疾患の一つであるアルツハイマー病に対する新薬「レケンビ®」(一般名:レカネマブ)を開発。同新薬の普及促進に向けて、米国や新興国における低所得者向け無償提供プラグラムや認知症エコシステム構築等で様々な投資資金が必要になることから、〈みずほ〉をはじめとする金融機関と、日本・米国における「レケンビ」の社会的インパクトをKPIとした「サステナビリティ・リンク・ローン」を組成し、社会善の実現に向けた取り組みを推進しています。

Project Flow

プロジェクトフロー図:エーザイ株式会社(SX事例)

アルツハイマー病に対する新薬である「レケンビ」の普及促進に向けた投資資金確保に際し、エーザイとみずほ銀行で協議を開始しました。より低金利で資金調達が実現できる点や、「レケンビ」による社会的インパクトを広く社会に認知してもらう機会を創出できる点から、シンジケーション方式の「サステナビリティ・リンク・ローン」を選択。第三者評価機関を交えたディスカッション等を重ね、2023年12月に契約締結に至りました。

CHALLENGE

認知症患者一人あたり約382万円の目に見えない社会的コスト削減も。新薬にかけるエーザイの想い。

認知症は、記憶や判断等を行う脳の機能(認知機能)が低下して社会生活に支障をきたす症状で、それに伴う医療費や介護費が年々増加していることはよく知られています。しかし、認知症における家族介護による「インフォーマルケアコスト」や家族の介護離職等の社会的コストも増大していることは、一般にまだあまり認識されていません。日本における認知症のインフォーマルケアは、認知症要介護者1人あたり週25時間に及び、年間コストは約382万円と推計され(※1)、2025年には高齢者の約5人に1人が認知症になるとも予測されています(※2)。少子高齢化と労働人口減が同時に進む日本において、70歳以上の要介護者のケアは働き盛りの世代が主に担うことになり、「インフォーマルケアコスト」は今後一層の増加が見込まれます。また、配偶者が介護をする場合は「老老介護」と呼ばれる高齢者同士の介護となることも多く、介護者側の認知症リスクが高まることも問題視されています。このような社会背景を踏まえ、〈みずほ〉ではマテリアリティ(重要課題)の一つに「少子高齢化と健康・長寿」を掲げ、ファイナンスを通じて医療・介護分野の取り組みを進めています。
エーザイは、「世界で最も持続可能な100社」にグローバル製薬企業として最上位に選出される(※3)等、ESGへの取り組みを世界的にも高く評価されています。同社では「ヒューマン・ヘルスケア」という理念のもと、認知症領域における「健康憂慮の解消」や「医療較差の是正」といった社会善の実現をマテリアリティに掲げています。1990年代における認知症対症療法の画期的な治療薬である「アリセプト®」(一般名:ドネペジル塩酸塩)が、薬事承認を経て市場販売されて以来、世界的に認知症治療薬は症状を一時的に緩和する症状改善薬の開発に留まっていました。そのような状況で、患者にとって自立した生活の実現と生活の質の維持、家族等による介護の負担軽減をめざして研究開発を継続した結果、認知症の主な原因疾患の一つであるアルツハイマー病に対する新薬として「レケンビ」が誕生しました。そして2022年11月、同新薬の普及促進に向けた投資資金を確保するためにエーザイとみずほ銀行で協議を開始しました。医療費・介護費等の直接的なコストの削減だけでなく、「インフォーマルケアコスト」を含む社会的コストの削減効果を可視化することで、この新薬の「社会的価値」の大きさを広く世に認知してもらいたいというエーザイの想いに、〈みずほ〉も強く共感し本案件がスタートしました。

  • ※1 佐渡 充洋「わが国における認知症の経済的影響に関する研究」2015、厚生労働科学研究研究成果報告書
  • ※2 厚生労働科学研究費補助金・厚生労働科学特別研究事業「日本における認知症の高齢者人口の将来統計に関する研究」平成26年度総括・分担研究報告書
  • ※3 コーポレートナイツ社(カナダ)"2024 Global 100 Most Sustainable Corporations in the World"
イメージ画像1:エーザイが掲げるマテリアリティ
エーザイが掲げるマテリアリティ

SOLUTION

「サステナビリティ・リンク・ローン」の活用で、「レケンビ」による社会的インパクトの最大化をめざす。

エーザイが開発した「レケンビ」は、アルツハイマー病の進行を抑制して認知機能と日常生活機能の低下を遅らせることを実証し承認された、世界初かつ唯一の治療薬です。この薬が普及すれば、認知症における医療費や介護費の直接的なコストだけでなく家族介護による「インフォーマルコスト」や家族の介護離職をはじめとする社会的コストの抑制等、大きな社会的インパクトが見込まれます。さらに、それらのコストが広く認知されていくことにより、次世代における治療薬の薬価算定の際に広義の社会的コストの削減効果も加味される等、より充実した薬価制度をもたらす可能性も秘めています。みずほ銀行は「レケンビ」の社会的インパクトに着目し、「サステナビリティ・リンク・ローン」の他にも、複数のサステナブルファイナンスを同社に提案しました。時をほぼ同じくして、エーザイは「レケンビ」の社会的インパクトを定量化し、公表していくことを決定。ファイナンスの選択にあたっては、PR効果が見込める点や資金使途の柔軟性から、「レケンビ」の社会的インパクトをKPIに設定し、みずほ銀行がアレンジャーとなるシンジケーション方式による「サステナビリティ・リンク・ローン」を採用することになりました。
「サステナビリティ・リンク・ローン」とは、借り手である事業会社が経営戦略に連携したサステナビリティ目標(サステナビリティ・パフォーマンス・ターゲット、以下「SPTs」)を設定し、達成状況に応じたインセンティブやディスインセンティブにより、環境・社会面における持続可能な経済活動および経済成長の促進をめざすものです。KPIは目標の達成状況を測る指標であり、SPTsはその指標において達成すべき水準となります。今回、「サステナビリティ・リンク・ローン」締結に向け、みずほ銀行は第三者評価機関を交えてKPIとSPTsの調整を行い、ローンの条件等を決定。シンジケートローンのアレンジャーとして複数の金融機関を取りまとめました。本契約で、エーザイは健康アウトカムに対する効果、介護費・「インフォーマルケアコスト」等の費用削減効果によってもたらされる社会的インパクトを「レケンビ」投薬によって創出される1人当たりの社会的価値(日本:4,675,818円/年、米国:37,600ドル/年)×投薬人数とし、その大きさをSPTsとして設定しました。
国内製薬企業において、「サステナビリティ・リンク・ローン」でソーシャル関連のSPTsを設定する前例も、医薬品の社会的インパクトをSPTsに設定する事例もなかったため、どのように計測可能かつ野心的なSPTsを設定するかについて、みずほ銀行はエーザイや第三者評価機関とともに複数回にわたる議論を粘り強く行い、内容のすり合わせを図りました。さらに2029年度売上収益目標に紐付くSPTs未達の場合には日米の認知症関連団体へ寄付を実施するというディスインセンティブを設定し、新薬「レケンビ」を世界に広めることを後押ししています。
この契約で調達した資金により、エーザイは米国および新興国における「レケンビ」の低所得者向け無償提供プログラム、認知症エコシステムの構築に加え、Diseases of poverty(顧みられない熱帯病、マラリア、結核等)の制圧を通じた社会的インパクトの創出を推し進めます。

イメージ画像2:本案件における「サステナビリティ・リンク・ローン」のスキーム図
本案件における「サステナビリティ・リンク・ローン」のスキーム図

RESULT

国内外での「レケンビ」普及を進め、グローバルヘルス領域で医療課題に挑む。

日本では2023年1月に「レケンビ」の製造販売の承認申請を行うとともに優先審査に指定、同年9月に厚生労働省により承認されました。また同年7月には米国にて「レケンビ(米国ブランド名:「LEQEMBI®」)」が米国食品医薬品局(FDA)より正式承認され、さらに同年12月、エーザイはみずほ銀行と「サステナビリティ・リンク・ローン」の契約を締結すると同時に、日本国内における「レケンビ点滴静注」の発売を発表しました。
2024年1月には、米国、日本に続いて中国でも「レケンビ(中国製品名:「乐意保®」)」が中国国家薬品監督管理局(NMPA)より「アルツハイマー病による軽度認知障害及び軽度の認知症の治療」の適応で、アルツハイマー病治療剤としての承認を取得しました。「レケンビ」の更なる普及をめざし、欧州をはじめとする14の国と地域での承認申請を進めています(2024年2月時点)。
「レケンビ」のグローバル展開にあたってエーザイが注力するのが、認知から診断、治療に至る各段階において負担が少なく効果の得られるペイシェント・ジャーニー(特定の疾患の患者が医療サービスを受ける上でたどるプロセス)の確立と、認知症当事者やその介護者の憂慮の解消と「認知症と共生する社会」を実現する「認知症エコシステム」の構築です。例えば、同社は中国において2024年のアルツハイマー病による軽度認知障害および軽度の認知症の当事者数が1,700万人にのぼると推定。今後の高齢化でさらにその数が増加していくと考え、「レケンビ」の販売並びに専門MRによる情報提供に加え、現地の高齢者向けオンラインプラットフォームを活用して専門医の紹介による早期受診を促し、治療後のフォローをワンストップで行えるサービスを提供します。さらに、保険会社との連携によるアルツハイマー病の保険プログラムの開発等、アクセス環境の整備も行うことにより、中国においてもエーザイの目指すペイシェント・ジャーニーの確立を進めています。
「ともに挑む。ともに実る。」というパーパスのもと、〈みずほ〉はエーザイの「認知症エコシステム構築」に向け、ヘルスケア領域のスタートアップの紹介等を行う等、多角的にサポートを続けていく予定です。
また、エーザイは「グローバルヘルス領域における社会善の実現」の一環として、認知症だけでなく、世界保健機構を通して「顧みられない熱帯病」の一つであるリンパ系フィラリア症の治療薬を蔓延国に無償提供を行う等、制圧に向けた様々な活動を行っています。みずほ銀行は、この活動に対しても現地金融機関とのマッチングや提携支援をすることで社会的なインパクトの創出に取り組んでいきます。

イメージ画像3:エーザイが開発したアルツハイマー病の新薬「レケンビ」
エーザイが開発したアルツハイマー病の新薬「レケンビ」

“ お客さまの声 ”

これまでも、みずほ銀行さまにはシンジケートローンを中心に様々な融資をまとめ上げていただきました。これまで積み重ねてきた両社の信頼関係をベースに、今回「レケンビ」の普及促進に向けた資金調達に際しお声がけをしました。薬剤の社会的価値をKPIとした「サステナビリティ・リンク・ローン」は前例がなく、頭を悩ませることも多くありました。しかし、第三者評価機関とともに心強いご支援・ご助言をいただいたことで、一つひとつの課題をクリアにしながら一丸となってスキーム構築をすることができました。また、シンジケートローンのアレンジャーとして、各金融機関へのお声がけや、よりコストを抑えた融資体制の整備にもご尽力いただきました。今回、〈みずほ〉の担当チームの皆さまがサステナブル領域に対する強い想いとこだわりを持ち、力強く推進いただいたことに大変感謝しています。今後もサステナブルファイナンスを含めて、様々な形でご支援いただくことがあると予感していますので、エーザイの大切なビジネスパートナーとして、引き続きお力添えいただけることを期待しています。

エーザイ株式会社

  • 財務・投資戦略部
    コーポレート財務グループ
    中沢 陽一さま

“ 〈みずほ〉の声 ”

〈みずほ〉担当者画像:エーザイ株式会社(SX事例)
左から順に竹井、青木、松田、中山

本案件は、認知症治療薬開発のトップランナーであり、マテリアリティに「認知症領域における社会善の実現」を掲げるエーザイさまの画期的新薬における社会的インパクトに着目したサステナブルファイナンスであり、アレンジャーとして支援できたことを大変光栄に思います。〈みずほ〉は、総合金融グループとしての知見を最大限にいかし、お客さまそれぞれのニーズに沿ったサステナブルファイナンスの組成や、社会課題解決に向けたお客さまの取り組みに対する金融に留まらないソリューションの提供が可能です。今後もお客さまの挑戦を支え、自らも変革に挑戦しながら、豊かに実る未来を共創していく想いを「ともに挑む。ともに実る。」というパーパスに託し、インクルーシブな社会の実現、日本の国際競争力の向上等、社会的インパクトの創出を追求していきます。

みずほ銀行
  • 資源・素材第二部
    医薬・ヘルスケアチーム
    青木 貴之
  • サステナブルプロダクツ部
    ビジネス推進チーム
    竹井 英則
  • シンジケーション部
    コーポレート第一チーム
    松田 瑞希
  • シンジケーション部
    コーポレート第一チーム
    中山 優語

※記事の内容は、取材当時のものです

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