AIエージェントが拓く金融の未来。
信頼と効率を両立する新時代のUX・組織戦略。
2025年5月27日
- FGみずほフィナンシャルグループ
OVERVIEW
〈みずほ〉全体のDX戦略の策定や推進、DX関連の調査・研究を行うデジタル戦略部。その中で、AI戦略を担うデジタル・AI推進室に所属するテクノロジー開発チームでは、最先端の技術に関わる調査・研究やPoC(概念実証)に取り組んでいます。
日々、新たなテクノロジーを探求するテクノロジー開発チームですが、現在注目しているのが、大規模言語モデル(LLM)等のAI技術をベースにお客さまへの提案を自律的に行う「AIエージェント」です。この技術は、従来の金融サービスを変革する可能性を秘める一方で、現時点では多くの課題やリスクも抱えています。それらの課題を克服し、どのようにビジネスとの融合を進めるべきなのか。「AIエージェント」という新たな潮流が生まれた背景とともに、テクノロジー開発チームが導き出した導入のポイントをお届けします。
INDEX
"金融×AIエージェント"という新潮流。
金融サービスはオンラインやモバイルの活用が当たり前になっただけでなく、更なる進化の兆しを見せ始めています。その大きなトレンドのひとつが、自律的に提案や行動をしてくれる「AIエージェント」の導入です。
例えば個人のお客さま向けでは、あらかじめ設定した目標やライフプランに応じてローン審査や家計運用を先回りでサポートし、ベストなタイミングでプランやアラートを提示するイメージが現実化しつつあります。また、法人のお客さま向けでもバックオフィスの決済処理や資金繰りを自動で最適化し、必要なときには経営層や営業担当者にアラートやドラフト資料を送ってくれる。そんな世界観が、今後の金融の新たな姿として注目されています。
こうした流れを後押しするのが、大規模言語モデル(LLM)等の革新的なAI技術です。単なる問い合わせ対応を行うチャットボットから、複数のサービスやデータを横断しながら複雑な判断を自律的に行う「エージェント」へと進化したことで、これまでにないユーザー体験が期待されています。一方で、「AIがどんな根拠やデータをもとに提案しているのか分からない」「人間はどの段階で介入すべきなのかが曖昧になる」といった課題も浮上しています。金融業界ならではのリスク管理や規制手続との折り合いをどうつけるかは、今後の重要なテーマといえるでしょう。
AI時代のUX。技術が先行する中で人間がどう補完するか。
AIエージェントが一般利用されはじめることで、ユーザーは「自分から画面やメニューを探索する」のではなく、「AIが自動的に準備や提案を行い、人間はそれを受け取る」というスタイルに移行していく可能性があります。特に高度な生成AIを組み合わせれば、ユーザーが細かい操作をしなくても、一定の成果物や分析結果が自動的に完成に近づく光景が増えるでしょう。
ただし、こうした自動化の深まりは同時に「いつの間にかAI任せになってしまう」懸念をも生み出します。金融サービスの場合、「なぜこの提案が出されたのか」を把握できないと、ユーザーは不安を抱きかねません。また、何らかのミスがあってもブラックボックス化しやすいため、企業側のリスクマネジメントにとっても新たな課題となります。
先進テック企業の事例からは、「AIで自動化する部分と、人間が最終調整・確認する部分を明確に区分し、エビデンスやオプションをいつでも確認・修正できるフローを設計する」ことの重要性が示されています。金融業界特有の規制やお客さま保護の視点も考慮しながら、どこまでAIに任せ、どこで人間が介入し責任を持つのかを緻密に検討することが今後のカギとなるでしょう。
エージェントが主体となる新しい金融体験への期待とリスク。
自律的に動くAIエージェントが主流化すると、従来の「ユーザーが情報を探し、比較し、最終判断を下す」流れとの間に大きなギャップが生まれます。例えば個人の家計管理においては、AIが収入や支出の動向を常時モニタリングし、タイミングを逃さず積立やローン切り替えを提案する等、単なるレコメンドを超えた実行レベルの操作まで担うことが可能になります。
企業向けでも、複数のデータソースを横断しながら経理や営業の業務を最適化し、経営者に先回りした意思決定サポートを提供することが想定されます。ただし、そうした便利な黒子として活躍するAIは、判断プロセスが見えにくいほどユーザーが「自分はいつの間にか大事な選択を任せきりにしているのではないか」と感じるリスクを孕みます。資産や経営に直結する領域で誤作動や不透明さがあれば、一気に信用を失いかねないからです。
だからこそ、AIエージェントの提案や実行に対して「いつでも理由を確認できる」「必要なときには手動に切り替える」「ミスや疑問があれば即座に報告・修正できる」仕組みを整備し、ユーザーや社員に安心感を持ってもらう必要があります。これらのポイントを押さえることで、自律エージェントによる新しい金融体験は利便性と信用性を両立し得るものとなるでしょう。
AIエージェント時代のUX再定義。変革のポイントとは。
かつてのデジタル化においては、ユーザーが意図的にシステムを操作し、必要な情報を取得するのが基本でした。しかしAIエージェントが多くの業務や暮らしを先回りして支援する未来は、ユーザーの視点を大きく変える可能性があります。
操作の軽減がもたらすメリットと課題。
画面やメニューを介さずに希望するサービスを受けられる利便性は、UX向上の大きな推進力です。しかし、AIエージェントが裏で最適化を進めるほど、「どんな情報が使われ、どのように判断が下されたのか」への理解が希薄になりやすい面は否めません。トラブル発生時に原因究明が難しくなるだけでなく、ユーザーからすれば「自分の意図と異なる行動をAIがとってしまうのでは」という疑念もわきやすくなります。
AI×人間の共創(コクリエーション)として捉える。
AIエージェントの高度化は単なる作業自動化にとどまらず、人間とAIが互いに学習し合う関係を生み出す余地もあります。AIが提案を行い、人間が「こういう視点もあるのでは」とフィードバックすることで、AIが学んで次の提案の質を高める。このサイクルが回るほど、ユーザーにとっても社員にとっても共創による新しい付加価値が生まれやすくなります。
オムニチャネルの先にあるオムニエージェント視点。
金融に限らず複数のアプリやデバイスが当たり前に利用される中、AIエージェントがサービスを横断して連携することで、常にユーザーに最適なサポートを提供できる可能性があります。家計管理、保険、投資、融資等が連動すれば、「ユーザーが意識しなくても必要なサービスが勝手に背後で整う」世界が広がるでしょう。ただし、それが本当に円滑に機能するにはデータ連携やUIの整合性を取り、ユーザーが混乱や不信を持たないで済む工夫が不可欠です。
社会的・組織的観点でのUX再定義。
AIエージェントの普及が進むほど、規制やガバナンス、デジタルデバイドといったマクロな課題にも焦点が当たります。金融業界では特にコンプライアンスやリスク許容度の問題が顕在化する可能性が高く、組織としての教育体制や内部統制との整合性を踏まえつつ、UXを再設計しなければなりません。つまり、ユーザーの操作感を考慮するだけでは不十分で、社会・経済全体への影響や社員教育の面まで幅広く見渡す必要があるのです。
組織戦略と導入ステップ。UXドリブンで進めるAIエージェント導入。
AIエージェントを金融機関で本格活用するにためには、技術的なインフラ整備だけでなく、どのようなお客さま体験・従業員体験をめざすのかを組織全体で共有することが重要です。
めざす体験の明確化とPoCからのアプローチ。
まず、AI導入の目的とゴールを明確にするために、経営層や現場が一堂に会して「顧客の期待する体験」や「社員が望む働き方」を言語化する必要があります。例えば「安心して任せられる自動融資判定」「必要なときにすぐ人間に相談できるUI」等、理想像を中心に据えることで、システム選定やワークフロー設計の方向性がブレにくくなります。
導入する際は、大規模プロジェクトを一気に進めるのではなく、PoC(概念実証)やユーザーテストで少しずつ機能を試すアプローチが有効です。個人向けローンの自動審査や経理担当者向けの資金繰りアラート等、対象を限定したユースケースでエージェントを導入し、ユーザーや社員からのフィードバックを早期に収集することで、サービス品質の向上や組織内の理解促進にもつなげられます。
社員のリテラシー向上とコラボレーション文化づくり。
AIエージェントが提案する内容を適切に判断し、必要に応じて修正・補完するには、社員やスタッフ自身のデータリテラシーやUX視点が欠かせません。そのため、全社員を対象に人間中心のAIデザインやデザイン思考を学ぶ勉強会を開き、営業担当、リスク管理担当、バックオフィス担当等、異分野のメンバーが協力し合える土壌を形成することが重要です。
さらに、エージェントが生成した提案やレポートをデザイナーやリサーチャーが共同で検証する仕組みを社内に備えておくと、アップデートをスピーディに反映でき、チャンスロスを減らすことができます。こうした自律×協働の文化は、導入後の柔軟な対応や新サービスの開発にも大きく寄与することでしょう。
未来に向けたイノベーションと評価指標。
AIエージェントが深く浸透すると、ユーザー自身が積極的に操作する機会が減少し、単純な操作履歴や取引件数だけではサービスの評価が難しくなります。そこで「エージェントの提案をユーザーはどの程度信頼しているか」「提案採用後の満足度はどう変化したか」「社員はどのように活用しているか」といった定性的要素も意図的に捉える仕組みが求められます。
また、社員の視点でも「エージェントで削減された事務処理時間がどのくらいコンサルティング業務に転用されているか」「誤提案や不正確な判断が発生した際にどれだけ早期に発見・修正できたか」等、EX(従業員体験)やリスク管理の観点を含めたモニタリングが欠かせません。
また、システムを一度導入するだけでは、AI技術の進化や市場環境の変化に追随できません。小さな機能追加やアルゴリズム改良を試せるサンドボックスを社内に用意し、そこから得られた成功・失敗事例を全体にフィードバックする循環を回すことが、未来に向けたイノベーションを絶やさないポイントとなります。
特に大企業では、段階的なPoCや実験を繰り返す機動力が重要です。AIエージェントはユーザーに直接見えにくい分、少数を対象に試して得られる学びをスピーディに反映し、サービス全体の品質を着実に向上させるアプローチが有効です。
人間中心が生きる未来へ。信頼と価値の両立をめざして。
AIエージェントが高度化するほど、金融サービスの不透明感やユーザーの置き去り感が懸念されがちですが、そこをあえて人間主体の視点でデザインすれば、エージェントの利便性と人間ならではのきめ細やかさを両立できるはずです。最終的には「データ処理や自動提案はエージェントに任せる一方で、重要な意志決定やパーソナライズされたサポートは人間が担う」モデルが、未来の金融サービスを支える大きな柱になるでしょう。
「なぜこの提案に至ったのか」「間違いが発生した際に誰がカバーし、どう修正するのか」「ユーザーにコントロール感を持ってもらうにはどの場面で人間が介入するべきか」。こうした問いに答え続けることで、金融業本来の安心と信頼を守りながら、新しい価値を創造できると考えています。AIエージェントはあくまでツールであり、その活用をリードできるのは人間である。こうした姿勢と仕組みづくりこそが、差異化と競争力をもたらす鍵となるはずです。
総括
本記事では、AIエージェントが金融サービスをどのように変革し得るか、その新しいUXと組織戦略、そして長期的なイノベーションの視点を整理しました。技術の進歩がいかに急速であろうと、金融業界においては「信頼」「規制遵守」「人間らしいコミュニケーション」が重要な柱であることに変わりはありません。
AIエージェントの利便性と人間中心のアプローチを掛け合わせることで、ユーザーに対してより高品質な体験を提供できるだけでなく、社員やスタッフの働きがいも高めることが可能になるでしょう。そのためには、PoCを通した小さな成功体験の積み重ねや、組織横断的な協力体制の構築、サービス評価指標の再定義等、多角的な取り組みが不可欠といえます。
文・写真/デジタル戦略部 デジタル・AI推進室 テクノロジー開発チーム