vol.13「言葉なんかより」鈴木航太郎さんインタビュー
【はじめに】
うつむいた人の姿の上にとまっているのは、黄金色の羽毛をもった一羽の孔雀だ。華やかな見た目に反して、毒蛇や毒虫を食らうほど毒に強い耐性を持つという孔雀。その神秘的な姿に直に触れることで、人々が心に背負う邪気を払うための拠り所とする——。鈴木航太郎さんの制作した立体作品「言葉なんかより」は、そんな祈りを形にしたような作品だ。
【鈴木航太郎(SUZUKI KOTARO):プロフィール】
生きものはその土地の文化や生態により特別な意味を込められることがあります。私は生きもの達のエピソードや伝説に子供の頃から興味があり、フィクションの世界に登場する神々しい動物、禍々しい動物に惹かれ、想像上の世界をたくさん絵で描いていました。現在は、生きものの伝説を通して私達の心の拠り所になるような作品を生み出したいと想っています。
【古美術にふれて】
本作の高さは70センチメートル、総重量は45キロほどだという。垂直に背筋を伸ばしてこちらを見据える孔雀と対峙してみると、思い起こされるのは仏像と向かい合う時のような静寂だ。奇しくも、鈴木さんが作品の最初のアイデアとして挙げてくれたのも〈仏像〉だった。
「2024年の春に、古美術研究旅行(明治29年から続く藝大の伝統のひとつ。学部3年次に奈良・京都を中心に寺社仏閣や古美術作品を見学するツアーが組まれる)でさまざまな寺社仏閣を見て回った時のことが記憶に残っています。ただそこにある仏像と、仏像に対して拝んだり祈ったりする人との間に、互いに心が通じ合っているような不思議な魅力を感じました。仏像と人。その2つの関係性から導かれる発見を、どうにか作品に落とし込めないか考えるようになりました」
【鋳金で生きものをつくる】
当初、仏像を制作へ取り込もうという思いで鈴木さんが試みたのは〈生きものをモチーフにした仏像〉というアイデアだった。幼い頃から生きものの伝承や歴史に興味をもっていたと話す鈴木さんにとって、生きものは時として、人よりも感情移入がしやすい対象なのだという。
「あくまで個人的な感覚ですが、人の彫刻と生きものの彫刻を見比べた時に、人に対しては何となく身構えてしまうような印象がありました。生きものは言葉こそ通じませんが、(飼い犬を撫でている時など)言葉はなくとも通じ合っていると感じる瞬間が多いような気がします。それからこちらは作品の作り手としての造形的な視点になりますが、生きもののもつ独自のフォルムやディティールは非常に魅力的ですし、つくりがいがありますよね」
孔雀の羽一本一本の細部まで手でつくられているというのだから驚きだ。本作には鋳金(ちゅうきん)という技法が用いられており、水粘土で制作した精巧な原型(完成の状態と同じ形態)をもとに専用の型をつくり、そこへ溶かした金属を流し込んで立体にするというプロセスが踏まれている。
「最初に水粘土で仕上げた細かな造形表現を、そのまま金属に変えることができる技法なんです。」鋳金の魅力を聞いてみると、鈴木さんはそう答えてくれた。


【ファンタジーの世界観を取り込む】
それから本作では、全面にわたって真鍮(しんちゅう)という金属が使われていると鈴木さんは教えてくれた。銅と亜鉛が合金化された真鍮は、仏教や神道の儀式具にも用いられる金属であり、どこか日本的な祈りに通じる素材でもあるのかもしれない。
藝大の工芸科のなかで、金属加工を扱う専攻は鋳金の他に鍛金(たんきん)や彫金(ちょうきん)などがあるが、なかでも鋳金は制作過程で表現できる色の幅が広いのだそうだ。
「たとえば、孔雀の体の金色の部分は真鍮を磨いてできた素の色合いで、孔雀のくちばしの部分と作品下部のうつむいている人型の形態は、化学反応でオレンジ色に着色しています。特殊な液体を沸騰させ、そこに作品を浸けるんです。作品全てを一旦浸けた後、着色しない部分(孔雀の体)は磨いて着色した層を取り除きます。ヤスリやリューター(金属を削る回転式の電動工具)といった道具を使って、細部の形が変わらない程度に削ったりしますね」
2025年3月をもって学部を卒業予定だという鈴木さん。現在は4年間の集大成となる卒業制作を構想している最中だ。次作では、これまでの制作に現れていた生きものへの興味を引き継ぎつつ、幼い頃から関心があったという〈ファンタジー作品に登場する『幻獣』を取り巻く世界観〉を作品に組み入れてみたいのだという。
古くから伝わるおとぎ話の文脈に鈴木さんの手仕事が接続されることで、新しい祈りのかたちや物語の姿が垣間見える瞬間があるのかもしれない。
(構成/文:野本修平)
(写真提供:鈴木航太郎)