
授業の流れ
こんにちは。みずほフィナンシャルグループさんと、空想科学研究所でお届けしている『空想金融教室』です。
昔話の様々な問題を、金融や経済のチカラで解決し、めざすは「子どものうちから、おカネについて学ぼう!」。
その陰で、ワタクシ柳田理科雄は「おカネ持ちになれる秘技をつかみ取ろう!」と企んでおります。
そして今回、その秘技を得られそうな昔話をついに見つけました!
それは『千夜一夜物語』(別名:アラビアンナイト)の『シンドバッド』。
『シンドバッド』は、インド洋を舞台にスバラシク成功して富を築く商人の話なので、がっつりマネをすれば、筆者も超おカネ持ちになれるんじゃないですかね!?
——ではまず、『シンドバッド』のお話を簡単に振り返ろう。
シンドバッドは、亡くなった父親の遺産で遊び暮らしていたが、お金が底をつくと、屋敷を売り払って船に乗った。
商人になって、失ったお金を取り戻そうと考えたのだ。
商売は順調だったが、航海の途中、地図にない小さな島に上陸したところ、それは島ではなく大きなクジラの背中だった。
クジラが海に潜ったため、シンドバッドは海に投げ出され、船ともはぐれてしまう。
だがある島に流れ着くと、そこの王さまに気に入られて財宝をもらい、無事にバグダッドに戻ることができた。
2度目の航海では、無人島に置き去りにされてしまう。
しかしシンドバッドは、巨大な鳥・ロックの足に自分を結びつけて脱出。
鳥に連れていかれた谷には、無数のヘビがいたが、命からがら逃げ延びる。
ついでに谷に落ちていたダイヤモンドを持ち帰ることにも成功した。
その後も、シンドバッドは繰り返し航海に出る。
大猿に食べられそうになったり、怪物につかまって売られたり、船がロック鳥に沈められたり……と毎回ひどい目に遭う。
船の仲間もたくさん死んでしまったが、シンドバッドは必ずや出会った人々に助けられ、また財宝を手に入れて戻ってくる。
そして、航海の途中で優しい女性と結婚したシンドバッドは、7回目の航海を終えると、妻との穏やかな生活を選んだ。
その後は、人々に自分の冒険譚を語りながら、バグダッドで静かに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
うおーっ。昔話の世界でも珍しいほど大成功!
一時は親の遺産を使い果たしてしまったけれど、商売を始めてからは快進撃だ。
キケンな航海を7回も乗り切り、そのすべてで財宝を持ち帰り、素敵な女性と結婚!
ああ、待ちきれない。みずほさんに早く聞きたい。
いったいどうすれば、シンドバッドのように大儲けできるのっ!?
1 シンドバッドは会社を作ろう!
筆者はみずほさんのところに駆けていって、シンドバッドのビジネス成功話を熱く語った。
7回の航海で莫大な資産を手に入れ、幸せな結婚もして、その後は穏やかに暮らした。なんとスバラシイ人生でしょーか。
まことに遺憾ですよね。
いかん!? ワタクシの英雄シンドバッドの何がいかんの!?
そのいかんではないです。このお話、少し気になるところがあるなと。
はて? ワタクシには何のことだか……。
申しあげてよろしいですか?
き、聞きましょう。
物足りないんですよ。シンドバッドは、もっと成功できるはずです。
はいっ? みずほさん、ちゃんとお話を聞いてくれました?
シンドバッドはもう大成功してるんですよ。七回も航海に出て、仲間はたくさん死んだけど、彼だけは必ず生き残り、宝も手に入れ……。
シンドバッドの載ってる『千夜一夜物語』は、イスラム黄金時代といわれる中東地域のアッパース朝時代(750–1258年)を背景とした物語集ですよね。
あっ、くわしい。
当時のイスラム社会の商人たちは、一種の共同体として、助け合いながら、危機や災難を乗り越えていたといいます。仲間が亡くなった場合も、その取り分や報酬を遺族に届けるなどの慣習があったようです。
そ、そうなんですか。それは知りませんでした…。でも、それと「もっと成功」に、いったいどんな関係が?
シンドバッドはもっと成功できます。『千夜一夜物語』は、彼一人の英雄譚になっていますが、その冒険をよりダイナミックにして、仲間たちも安心して航海に出られる仕組みを考えたほうがいいのでは…という思いです。
それって……みんなで海賊になって、他の船を襲う…とか?
誰がそんな違法行為を薦めるものですか。めざしたいのは、安全な冒険ですよ。
安全な冒険…!? そのためには、すごく立派な船と、すごく優秀な船員と、海賊に襲われても戦えるすごい武器が必要だと思いますよ。めっちゃカネがかかる。
ええ、おカネが必要ですね。
やっぱり海賊になるしかないじゃん。
違いますって。シンドバッドには、『会社』を作って経営してもらうんです。
えーっ、会社ですか!? 巨万の富を築いたシンドバッドに、そんなチマチマしたものを作れと!?
(目がキラリと光り)会社はチマチマしたものではありません。シンドバッドが会社を作り、そのメリットをうまく使えば、彼が得るおカネは、物語をはるかに超えるでしょう。
ホントかなあ!? 今回のみずほさん、なんだかハッタリをかましすぎでは……。
2 そもそも「会社」って何だろう?
会社とは、会社法に基づいて設立された営利を目的とした商業行為を行う集団です。法人格という独立した人格を持ち、個人と同じような権利義務の主体になれます。
はあ、ケンリギムのシュタイ…。それで、シンドバッドにどんな会社を作れと?
会社には、合同会社や株式会社など、いくつか種類があるのですが…。
「合同会社」って、最近よく聞くようになった気がする…。
法律が改正されて、2006年から作れるようになった会社形態ですからね。合同会社は、設立の手続きが簡単で、費用も安いなどのメリットもありますが、最大の特徴は『おカネを出した人が経営者になる』ことです。
ふーん、じゃあシンドバッドは、自分でおカネを出して、合同会社を作ればいいんだ。
いえ、今回お薦めしたいのは『株式会社』です。
株式会社…。そういえば、ワタクシの所属する空想科学研究所も株式会社だったはず…。
なら、理解されてますね。じゃあ、株式会社の説明は飛ばして……。
あ、いや、ワタクシはパーフェクトに理解していますが、読者がわからないと気の毒なので、ぜひ説明を……。
承知しました。柳田先生は、空想科学研究所の『株式』はお持ちですか?
ええと、カブ料理は好きだけど、株式? それ食べられるの?
株式とは『株式会社の持ち主である証明書』として発行される証券です。株式を発行しておカネを集める会社が株式会社で、その株式を保有している人を『株主』といいます。よって、株主は会社を所有している、ともいえます。
会社の持ち主は、経営者である社長だと思ってました。
そういう場合もあります。株式会社の経営者は『取締役』で、その代表者が代表取締役です。取締役は、株主が集まる『株主総会』で選ばれます。この『所有(株主)と経営の分離』が、株式会社の特徴で、面白いところです。
うーむ。ワタクシには面白さがわかりませんが…。
仮にシンドバッドが会社を作るとして、彼は経営者になるの? それとも株主?
シンドバッドは、自分が設立した会社に出資して株主となります。そして、代表取締役に就任して、『株主と経営者が同じ』という状態からスタートするのがいいでしょう。
だったら、合同会社と同じじゃん。
株式会社は、たくさんの人に株式を買ってもらうことで、おカネを集めて、事業を営むことを前提とした会社形態です。会社を設立した後に、シンドバッドの経営方針に賛同する人を募り、新しい株式を買ってもらえれば、よりたくさんのおカネが集まり、航海に使える費用が増えますよね。
なるほど。株式会社は、おカネを集めやすいんだ。

そうです。株式会社における最大のメリットはそこにあります。シンドバッド自身が航海費用をすべて出すのでは、いくら親の遺産があっても、限界がありますよね。たくさんの人からおカネを集めることができれば、1隻で航海していた船を、2隻、3隻に増やせるかもしれない。
ほう! カネが集まり、船が増やせる。いいですな、株式会社。
ただし、無事に航海することが大前提ですからね。そのためには、経験豊富な船長や航海士を雇う必要があるし、警備船も要るかも。つまり、かかるおカネも莫大です。
あ、そういうことか……。
3 日本最初の株式会社はどこだ!?
株式会社がおカネを集めやすいのはわかったけど、おカネを出す「株主」側には、どんなメリットがあるんだろう?
株主には、会社法105条に定められたいろいろな権利があります。
・会社に利益が出たら、株式の保有数に応じて配当金を受け取れる
・会社が解散や清算した後の財産を、同様に受け取れる
・会社の運営方針に意見を言える……などなど。
ははあ。会社がもうかったら、自分ももうかるし、経営に口出しもできるんだ。よくできた仕組みですな。
世界初の株式会社は、1602年に設立された『オランダ東インド社』で、ヨーロッパの国々が香辛料を求めてアジア貿易に進出した大航海時代の商船貿易から生まれました。
そんなに昔から!
当時の航海は、嵐で船が難破したり、海賊に襲われたりして、5隻に1隻は戻ってこない…というリスクの高い事業でした。はじめのうち、商人たちは自分のおカネや、国や人からおカネを借りて貿易船を調達していましたが、もし船が商品といっしょに沈んでしまったら……。
借りたおカネは、自分の財産から返さねばならない…。
そんなことになったら、破産ですよね。そこで、自分の財産とは切り離しつつ、リスクの高い事業を行うために、多くの人からおカネを集める仕組みはないか…と考え出されたのが、株式会社なんです。
でも、たとえば会社が大赤字で倒産したら、その責任は株主も負うんでしょ? 会社を所有してるんだから。それはすごくリスキーでは…?
いえ、株式会社の特徴として、『株主有限責任の原則』というものがあります。株式会社は独立した法人格を持つので、出資者(株主)は、出資金額を超える責任を負う必要はないんです。
会社が借金を抱えて倒産しても、株主には責任は発生しない、と?
そういうことです。事業が失敗しても、『法人』である株式会社が、すべての責任を負います。株主は、すでに出資したおカネは失いますが、それ以上の損失を被ることはありません。
出資者のリスクは分散されるし、追加の損失はない。ふむ、よくできてるな、株式会社。
この、『所有(株主)と経営の分離』というのは、資本主義社会のなかで、非常に大切な仕組みです。ちなみに、日本初の株式会社は、第一国立銀行という会社でして…。
聞いたことないなあ。もうツブレちゃったんでしょ?
それが、まだしぶとく残っていて、みずほ銀行という名称になっています。
わーっ、すいません。みずほさんが、日本の株式会社第1号だったのかーっ。
4 株式会社がおカネを集める方法
いろいろ驚いたけど、シンドバッドが株式会社を作るのもアリ!という気がしてきました。
しかし、株式の発行で集めた資金だけで足りるんだろうか…?
株式会社の資金調達の方法を説明しておきますね。主に『負債』によるものと、『資本』による方法があります。
負債と資本…ね。それはナンデスカ?
負債による資金調達は、銀行借入や社債などです。決められた期限に、決められた金額を返済する義務があるもので、『デットファイナンス』といいます。
銀行借入ってことは、みずほさんも貸してくれるの?
そうですね。銀行は、金利(おカネのレンタル料)で利益を得る仕事なので。ただし、必ず返ってくるという確信が持てる場合に限ります。
みずほさんは「貸したおカネは必ず返していただく」と言うんだろうなぁ。しつこいくらいに。
銀行は、預金者の大切なおカネを預かってるわけですからね。たとえば、ある会社に1億円を年1%の金利で貸していて、万が一そのおカネが返ってこなかったとします。その損失を1年で取り戻すために、他の会社にいくら貸す必要があるかというと……。
えーっと、1億円÷0.01(=1%)だから……、えっ、100億円!? か、必ず返してもらいましょう!
ご理解いただけてウレシイです。
逆に、返さなくてもよい方法、なんてあるの?
それが、資本による資金調達です。これがエクイティファイナンスで、株式会社が新しい株式を発行し、投資家に買ってもらうことで、おカネを調達します。資本には返済義務がありません。利益が出ていなければ、配当も必要ありません。
返済しなくていいなんて、優しすぎる。でも、投資家はどうやって利益を得るんだろう?
利益が出れば、配当金を受け取ります。また投資先の株式会社が成長し、株式価値が大幅に上昇したときに、その株式を売却することで、利益を得ます。これをキャピタルゲインといいます。1株1万円の株式が、1株100万円になったりしたら……。
1株1万円のときに、100万円分で100株買ってたら、100倍になって1億円!? ぎょぎょっ、それはすごいな。
でも、設立したばかりのシンドバッドの会社に出資してくれるような投資家なんて、いるもんなの?
エンジェル投資家という、創業間もないベンチャー企業などに投資をする個人の方々がいます。そして会社が成長し始めると、ベンチャーキャピタル(VC)というベンチャー企業に投資を行う投資会社が登場します。彼らは様々な専門分野を持ち、資金提供だけでなく、経営のアドバイスや人材の紹介などの支援もしてくれます。
そんなスバラシイ人たちがいるんだ…。
企業にとっては、返済の義務がないエクイティファイナンスのほうがウレシイ気もするけど、借り手にとってデットファイナンスのメリットは何ですか?
たくさんありますよ。①新しい株式を発行しないので、既存の株主の権利を保護できる、②調達コスト(支払利息)が低い、③大規模な資金調達ができる、など。少し難しいですが、税金面のメリットもあります。
多くの会社は、負債と資本をうまく組み合わせて、おカネを調達しています。
ふーむ。資金調達って、奥が深いな。
会社がもっとたくさんの人から出資してもらうためには、どうすればいいんですかね?
株式公開(IPO=Initial Public Offering)を行うのが、一つの方法ですね。これにより、証券取引所で株式を自由に売買できる状態になります。
それなら、すぐにIPOしちゃいましょー。
厳しい上場審査がありまして、どんな会社でもIPOできるわけじゃないんです。会社が安定していて、将来成長する可能性や管理体制がしっかりしているなど、かなりの準備がかかります。
5 シンドバッドは海に出なくていい
みずほさんは、たくさんの会社とつながりを持ってますよね?
ええ。銀行は、貸出のほかにも、預金や為替のサービスを提供しているので、会社の成長を応援し、ともに歩んでいる……と思っています。
その立場からすると、シンドバッドの会社が成長するためには、どんなアドバイスがありますか?
そうですね。いくつかありますけど、まず、株式会社を作るときに、『自分がどれだけの株を持つか』をハッキリ決めておいたほうがいいです。
ん? さっきは「全部を自分で持たず、人に買ってもらおう」と言ってませんでした?
はい。しかし、シンドバッドの身になれば、あまりたくさんの株を売ってしまうのは、キケンでもあります。
キケン、といいますと?
株式会社は年に一度の『株主総会』でいろいろなことを決めますが、その決定権は、株式をどれだけ持っているかによって変わります。たとえば、株主の過半数が賛成すれば、社長や役員を変えることができるし、66.7%(全体の3分の2)が賛成すれば、会社を別の会社に売ることも可能なんです。
ぎょぎょっ。株主が社長を変える?逆にいえば、シンドバッドは、株式の半分以上は自分で持っていないと、やめさせられる可能性があるってこと!?
そういうことです。
ってことは、株を買ってくれるからといって、自分の経営方針を認めない人に売っちゃうと……?
自分で作った会社なのに、事業計画通りに経営ができない場合は、株主総会の決議によっては、代表取締役の職をクビになることもあり得ます。もちろん、自分で保有しなくても、株主が自分を支持してくれればいいわけですが。
ひえ~っ、株式会社って、なんだかゲームみたいですね。ルールを熟知しないと、負けてしまう。

二つ目のアドバイスは、いっしょに船に乗る仲間たちのことを考えてほしい、ということです。
みずほさんが最初から指摘している「仲間たちも安心して航海に出られる仕組み」ってヤツ?
はい。当時のイスラム社会の慣習をうまく会社の制度にも取り入れたいですね。いっしょに航海する仲間のモチベーションを高めるためにも、『ストックオプション』の導入も必要かと思います。
ストックオプション…って、ナンデスカ?
社員が、自分の会社の株式を、事前に決めていた価格(行使価格)で、将来の一定の期間内に購入できる『権利』のことです。
後になって、前に決めてた価格で買える? 会社の株価が上がっていても?
そうです。会社の株価が上がれば、権利を行使し、株式を取得できるので、給与とは別に、配当金や株式売却による利益が得られますよね。
それは社員もウレシイなあ。株価が下がってたら、権利を使わなきゃいいしね。
ストックオプションを導入する企業は増えています。優秀な人材の採用、社員のモチベーションアップやこれまでの貢献に報いるため…などの理由ですね。このような、株式を報酬として渡す制度のことを『株式報酬制度』と言います。
株式報酬制度。まんまですね。
株式報酬制度は、人的資本経営という考え方を背景にしています。
人的資本経営。今回、次々に新ワードが登場しますな。
人的資本経営とは文字どおり、人材を会社の『資本』と考え、その人材が持つ価値(知識、能力など)を最大限に引き出すことで、中長期的な企業の成長や、企業の価値(=株価)を上げることにつなげていこう、という経営のあり方です。
つまり、社員を大事にすることで、企業を成長させていこう、と?
そのとおり。社員のがんばりに対しての報酬であったり、働くモチベーションのためのインセンティブにするなど、企業は様々に活用しています。
社員は報酬をもらえてウレシイからがんばれるし、がんばった社員のおかげで企業も成長できる。まさにWin–Winの関係!

そして最後のアドバイスは、株式会社のよさをいかしてほしいということです。
よさ? 株式会社のよさは、おカネを集めやすいことでしょ?
そうです。だから、集めたおカネを有効に使ってほしい。たとえば、お話ではシンドバッドは航海に7回も出かけたけど、自分で行かなくてもいいですよね。
えっ? シンドバッドが海に出ないの!?
最初の1~2回は自分で行くにしても、その後は人を雇って代わりに行ってもらえばいいのでは?
まあ、シンドバッドには会社経営の仕事があるし…。
新しい航路の開拓にもチャレンジできますよね。仮に優秀な船長を5人雇えば、同時に5つの航海ができて、交易による収益も増えるし、失敗のリスクも軽減できます。自分だけで航海していたら、そうはなりません。
確かに。ただ、シンドバッドが航海しないなんて、なんだかロマンがないような…。
金融経済的には、そのほうがよっぽどロマンがあります。おカネをいかし、人をいかして事業を拡大するのって、スバラシイと思いませんか。
まあ、経営者がいつまでも現場に固執していたら、会社は大きくならず、社員やその家族もツライかも……。空想科学研究所の所長にも言っておきます。
ロマンという意味では、物語のシンドバッドにがっかりするところがありまして……。
航海7回が多すぎると言ったうえに、さらにがっかり? みずほさん、シンドバッドにうるさいですね。
シンドバッドは妻との穏やかな暮らしに入ったら、街の人々に7回の航海を語って、静かに暮らしましたよね。それがダメだとは思いませんが、シンドバッドには冒険の心を忘れないでほしい。
どうしろと? もう航海には出ちゃダメなんでしょ?
シリアルアントレプレナーになる、というのはどうでしょうか。
それはどういうヒトですか?
日本語でいうと、連続起業家。新規事業を次々に立ち上げていく人です。
ただし、自分が作った会社に固執するのではなく、軌道に乗ったら後進に譲り、株式の売却利益を元手に、また次の事業を立ち上げる。新しいチャレンジを行いながら、次代の冒険家も支援する。それこそが、冒険の心を持つシンドバッドの心意気ではありませんか?
なんとまあ、みずほさんがいちばんロマンに期待しているような……!
——さて、今回みずほさんには、知らなかったことをたくさん教えてもらった。
これらをもとに考えると、シンドバッドのお話は、どうなるのだろうか。
6 空想金融教室版『シンドバッド』
シンドバッドは、亡くなった父親の遺産で遊び暮らしていたが、おカネがなくなってきた。
ある日の夕方、シンドバッドは「商人になって、失ってしまったおカネを取り戻そう」と決意する。
だが、残っている財産は屋敷だけ。
それを売り払って船を買おうと思ったが、屋敷を売った程度のおカネでは小さな船しか買えない。
「小さな船で、遠くまで航海するのはキケンだし、いったいどうすれば…」
沈みゆく太陽を見ながら、シンドバッドは懸命に考えた。
しばらく経って——。
シンドバッドは、いったん船を買うことをあきらめ、資金を集めるために「株式会社シンドバッド冒険社」を設立した。
屋敷を売ったおカネを自己資金とし、さらに父親とつき合いのあった商人たちのところをまわり、交易で利益を上げる会社の方針を説明し、株を買ってもらった。
株式の49%が売れるまで、シンドバッドは頭を下げて、商人たちのところを訪問し続けた。
シンドバッドにはもう一つの目的があった。それは、航海の途中でレアメタル(希少金属)を探すこと。
「レアメタルは、様々な工業製品に使える。見つけられたら、この国は大きく発展するはず」と考えたからだ。
そこでバグダッドの大学に交渉すると、海底探査用の探知機を借り受け、船に搭載することができた。
大学は探査費用も確保していたため、その一部をシンドバッド冒険社に提供してくれた。
さらに、バグダッドでいちばん裕福なダイヤモンド商人に「レアメタルを見つけるつもりだ」と話すと、商人は目を輝かせ、「その賭けに乗ろう」と、投資を約束してくれた。
会社設立から1年が経っていたが、結果的に自己資金の4倍ものおカネを手に入れたシンドバッドは、それで大きな船を買い、またベテランの船乗りたちを雇い入れた。
初の航海に出ると、各地での取引は大成功。
相手国の王から財宝も贈られて、巨額の富を得ることとなった。
しかしシンドバッドには、気になることがあった。
交易はともかく、洋上や海中で行うレアメタルの探査には、船員たちが積極的に働こうとしないのだ。
レアメタルを見つけても、自分たちのカネになるわけでもないし、「何かあったら、バグダッドで待つ家族の暮らしはどうなる?」と心配なのだ。
そこでシンドバッドは、船員たちのモチベーション向上を図るために、ストックオプション制度の導入を決めた。
また、株式やストックオプションを保有していれば、配当やキャピタルゲインも期待できる。もし自分に何かあっても、残された家族に資産を残せることができると、船内の雰囲気は、目に見えて明るくなった。
こうして2回目の航海に出たシンドバッド一行は、交易で大きな成果を収めて帰る途中、積極的な探査によって、地中にレアメタルが堆積していそうな海域を発見。
帰国して大学に報告すると、その話は一気に広まり、シンドバッド冒険社に対する期待が大いに高まった。
人々はシンドバッドがいつ3回目の航海に出るかに注目したが、やがてシンドバッドは意外な声明を出した。
「次の航海には、私は行きません。その代わり、大型船を3隻借り受け、腕のいい船長も3人スカウトしました。交易規模、海底探査の規模も3倍になります」。
バグダッドの街はどよめきに包まれた。
規模を拡大した3回目の航海が行われているあいだに、バグダッドの街に残ったシンドバッドは、世界情勢に詳しい専門家らを招いて、次回はどの国と交易すべきかを話し合った。
また、各国の船乗りから、より安全な航海ルートの情報も積極的に収集し、さらに3隻の新型船も建造し、いつでも航海に出られる体制を整えた。
そして半年後、3回目の航海を終えた3隻の船が順次戻ってくると、入れ替わりに新造船3隻を次々に出向させた。
こうしてシンドバッド冒険社は、常に交易と海底探査を行っている状態になったのである。
またシンドバッドは、株式をより自由に売買できる株式市場の仕組みを国に提案し、証券取引所の設立に貢献。そしてシンドバッド冒険社の株式を公開(IPO)した。
これによって、シンドバッド冒険社の株を買っていた商人たちは、莫大な上場益を手に入れた。
ストックオプションを与えられていた船員たちは、その権利を行使し、シンドバッド冒険社の株式を持てることになった。
これによって、船員が不慮の事故で命を落とすことがあっても、家族に株式が相続されるため、彼らの将来への不安は軽減する。
レアメタルの調査はさらに進み、6回目の航海からは専用船も出て、採掘が行われるようになった。
シンドバッド冒険社の株価がぐんぐん上昇したのは当然だが、レアメタルを用いた工業製品の開発があちこちで進み、バグダッド全体が好況に沸くこととなった。
最初に投資してくれたダイヤモンド商人は、レアメタルの取引でも巨万の富を築き、中東一の富豪となった。
一方、シンドバッド自身は社長として忙しく働いていたが、週に一度、社長室を開放して、若者たちの夢を聞く時間を作るようになった。
その日も、一人の若い日本人がやってきて「僕はいま、AIを活用したアニメを作ろうと思っているんです」と、自分の夢を語り、シンドバッドに試作品を見せた。
シンドバッドは黙って話に耳を傾け、アニメの試作を見つめていたが、やがてその目がらんらんと輝き始めた。
そして、人々を驚かせる事態が起こった。
シンドバッドが保有する株式の大部分を売却し、会社の経営から退いたのだ。
記者会見が開かれ、シンドバッドは堂々と「会社は後進に譲りました。私がいなくても、大きく発展していくでしょう」と述べた。
記者たちが「それであなたは? もう引退ですか?」と聞くと、シンドバッドはニヤリと笑って「引退? とんでもない」と答えた。
「私は日本へ行きます。株式を売ったおカネで、AIアニメの会社を設立して、世界中で見られるアニメを作りたい!」。
シンドバッドの冒険の心はまったく衰えていなかった。その場にいた人々は、シンドバッドの新たな冒険の船出が近づいていることを深く感じたのだった。
おしまい。

いつも楽しく仕事してます!
好きなゲームは「ポケモンスリープ」、好きなことは「子どもと遊ぶこと」です。