みずほフィナンシャルグループさんの「子どもたちにおカネのことを学んでほしい!」という思いから始まった『空想金融教室』。
原稿を担当するワタクシ柳田理科雄(空想科学研究所・主任研究員)も、毎回、目からウロコが落ちる思いで学んでおります。さあ、今回も楽しく始めましょー!
などと言っておりますが、今回の題材は『ハーメルンの笛吹き男』。
楽しいのか、この題材!? かなりコワい話なんだけど……。
まずは、どんなお話だったか確認してみよう。
昔、ハーメルンの町にネズミが大量発生して、人々が困っていた。
そこに、まだら模様の服を着た男がやってきた。
男は、町長に「金貨一袋で、私が解決しましょう」と提案する。
町長は報酬の高さに驚いたが、1匹残らず駆除することを条件に了承した。
すると男は、表に出て笛を吹き始めた。
その音色に惹かれるように、町中のネズミたちが男のところへ集まってきた。
男が笛を吹きながら川のほうへ向かうと、ネズミたちもついてくる。
そのまま男が川に入ると、ネズミたちも次々に川に飛び込み、溺れ死んだ。
こうして、町からネズミはすべていなくなった。
ところが翌日、男が報酬を受け取りに行っても、町長は約束のカネを支払わない。
もともと高すぎると思っていたし、ネズミ退治があまりに簡単だったからだ。
それは町の人たちも同じで、男に冷たい視線を送った。
男は何も言わずにハーメルンを立ち去った。
しかしその晩、どこからともなく笛の音が聞こえてくる。
その音色に惹かれ、町中の子どもが歌い、踊りながら外へ出ていった。
大人たちは必死で止めようとしたが、子どもたちは止まらない。
そのまま、130人もの子どもたちが姿を消して、再び帰らなかったという……。
おしまい…。
ぬわわわわ~。なんて後味の悪い事件だろうか。
町長が約束を守らなかったことが、重大な結果を招いてしまった。
もちろん、子どもを連れ去ったまだら男も悪質すぎるが、約束を守らなかった町長がいちばん悪いだろう。
しかもその理由が「簡単にできたから」。
レストランで料理を食べてから「シェフが簡単そうに作っていたから、半額にしろ」などと言うのと同じで、あり得ないでしょー。
1 きちんと契約を結ぼう
この問題、金融経済の視点から、みずほさんに意見を聞いてみよう。
このところ、みずほさんは予想外のことばっかり言うけど、「まさか契約書を交わしていないから仕方がない」とかは言いませんよね?
契約は、申し込みに対して相手が承諾をしたときに成立するとされています。法律上、特別の定めがない限りは、契約書を作るところまでは必要としていないのです。つまり、当事者が納得すれば、口約束でも契約は成立します。
おお、そうなんですね。
わかりやすく言うと契約とは、双方の合意に基づいて約束する法的な行為です。いまの日本なら、18歳以上であれば、契約を結ぶことができます。
18歳以上……。
17歳以下は、保護者などの『法定代理人』の同意が必要です。同意がないのに契約した場合、その契約は取り消しとなる可能性があります。まだら男も町長も17歳以下とは考えにくいですよね。
ということは、契約成立。
はい。契約には『契約自由の原則』があります。当事者同士が納得すれば、どんな内容でも契約は成立するのです。ただし例外もあって、たとえば、『法律で決まった最低賃金より安い賃金で働く』といった契約は結ぶことができません。
どんな内容でもいいけど、法律に反するのはNGなんですね。「ネズミを退治したら金貨をあげる」という契約内容は、問題なさそうですね。
そして、まだら男がそのとおりにしたのだから、町長は支払わねばなりませんな。
でもですね……。
わーっ、みずほさんがやっぱり「でも」とか言い出したーっ。
まだら男も、ちょっと確認が足りなかったと思うんですよ。
そうですかぁ?
『すべて駆除』というのは、誰がどう判断するのでしょう? まだら男が『みんな駆除した!』と言っても、町長は『本当かなあ』と思うかもしれませんよね。
う……。
たとえば『1ヵ月間はネズミが現れないこと』など、判断条件をハッキリさせて、契約書を作成したほうがいいですね。そうでないと、言い争いになってしまった場合、どちらが正しいのか、第三者(裁判所など)が判断することが困難になります。
契約書か。めんどくさそうだけど、やっぱり必要なんですかね。
作ったほうがいいです。銀行で契約を結ぶ際も、お客さまのご意向と認識相違がないよう、原則、契約書を作成しております。裁判になった場合、自分の主張が正しかったとしても、その証明が難しく、解決に時間がかかってしまいます。そして、うまく行くことを前提に契約書を作るのはあまりお勧めしません。うまく行かなかったときにトラブルになるわけですから……。
よく考えたら、口約束とはいえ、町長もよくこの男に仕事を任せましたよね。どこから来たかわからない、まだら模様の服を着た男ですよ。
人を見かけで判断してはいけませんよ! とはいえ、ネズミ退治の実績などは、確認したほうがいいですよね。どうやって駆除するのか、聞いてみるとか。
2 ネズミ退治にいくらかかるか?
ここで「ネズミの駆除」について考えてみよう。一般的な方法には、次のようなものがある。
・餌をなくす→ネズミは1日に体重の3分の1ほど食べるため、餌がないと餓死する
・家内の通り道をなくす→壁の隙間や配管穴などに金属網を張る
・殺鼠剤、罠→1対1対応のため、ネズミ算で殖えるネズミには効果が薄い
・忌避剤や超音波→ネズミは学習能力が高いため、実害がないと学べば、効果が減少
・猫→ネズミに対する反応に個体差がある
・その他の天敵→イタチ、フクロウ、ヘビなど。その天敵を飼うのが大変だ!
このように、ネズミの駆除はなかなか大変なのである。
町長が約束を破った理由は、まだら男への報酬が高すぎると思っていたからだが、町全体のネズミ駆除と考えると、「金貨一袋」とは妥当なのだろうか。
現代に置き換えて考えるなら、流通している金貨の一つに、カナダ政府が保証する『メイプルリーフ金貨』があります。いちばん大きなものは31.1gで、金1gあたり1万3,000円と仮定した場合、1枚40万円ぐらいですね。1袋に100枚入っているとしたら、4,000万円。
ネズミ退治で4,000万円。やっぱ高くないですか?
そうともいえないと思います。ネズミ駆除を専門業者に頼んだ場合の費用を調べてみると、1件の家あたり数万円から数十万円です。仮に20万円として、現在のハーメルンの人口は約5万7,000人なので、もし家が2万件あるとしたら、すべての家からネズミを駆除してもらうのにかかる費用は、20万円×2万件=40億円になりますね。
まだら男に頼めば、100分の1で済むということか。
といっても、ネズミを完全に駆除するのはムズカシイと聞きます。
そうかもしれません。ネズミは繁殖力が強く、1年に5~6回も出産して、1度に5~7匹の子どもを産みます。そのうえ生まれて2~3ヵ月で子どもを産めるようになるので、どんどん数が増えます。
そう考えると、まだら男のワザはすごいですね。笛の音ですべてのネズミを操れるのだとしたら……。
あの、まだら男のその駆除方法ですけど、実はちょっとマズイ気がしています。
えっ、なんで!?
ネズミを川で溺れさせるわけですよね。それですべてのネズミが死ぬのか、という不安もありますし……。
ああ、それはネズミの種類によりますね。ドブネズミはスイスイ泳げるし、クマネズミもある程度は泳げるはず……。
大半が溺死したとしても、その死骸はどうなるのでしょう?
はい? それはもちろん、大量の死骸が下流に流れていって……。
その結果、下流のエリアはどうなりますかね?
あっ! 腐敗した死骸が悪臭を放ちながら川を流れていったりして、川沿いの町は大迷惑! とくに下流の町は大変なことになるかも!
いかにネズミに困っていたとはいえ、行政が取るべき駆除方法ではないですよね……。
あっちゃー、どうすればいいんだ、まだら男!?
駆除に際しては、死骸の処理まで考える必要があります。
川に沈める以外の方法を考えたほうがよさそうですね…。
もう一つ気になるのは、ネズミをすべて駆除していいのか、ということなんですが……。人間に害のある困ったネズミとはいえ、生態系に影響はないでしょうか?
そうですね。自然界に「いなくていい生き物」というのはいなくて、どんな生き物も役割を持っています。
たとえばノネズミは、ヘビやキツネなどに食べられることで、彼らの栄養源になっています。また、穴を掘って木の実を蓄える習性があり、それを忘れることが森を豊かにしています。
人間の近くで暮らすイエネズミ(ドブネズミ、クマネズミ、ハツカネズミ)も、雑食性で植物、昆虫、小動物、廃棄物などさまざまなものを食べます。その結果、有機物を分解し、栄養を土壌に戻すプロセスを助けます。
3 子どもがたくさんいなくなったら?
この話でもう一つ気になるのは、結果的に130人もの子どもが町から消えてしまったことだ。
大人たちの悲しみや喪失感は想像に余りあるが、「経済的な損失」という意味ではどのくらいと考えられるのだろうか?
ざっくりとした計算ですが、日本で人間一人が一生のうちに使う平均的なお金は、約3億円といわれます。とういうことは、3億円の経済的な価値を生み出すということです。130人だと、単純計算で390億円弱。でも、それに留まらないきわめて巨大な損失です。
いきなり130人が消えたわけですからね。しかも「子ども」層が集中的に……。
子どもたちがいなくなってしまうと、まずは学校や保育施設が成り立たなくなります。数年後には働く世代がスッポリ抜け落ちることになるので、人手不足になって農業も工業も振るわなくなるでしょう。税金を納める人も減るわけだから、税収が減ることで教育、医療、福祉が滞ってしまい、公共サービスの維持やインフラ(道路や上下水道など)の整備も難しくなる。そして、将来生まれてくる子どもたちも激減するので、未来にも大きな影響が残ります。
ですよね…。考えれば考えるほど、大変なことだ。
それに、子どもを失った家族の心理的ダメージは計り知れません。それ以外の人々も不安感に包まれるでしょうし、町全体の活気がすっかり低下するのではないでしょうか。

ハーメルンの町長は、どのようにするべきだったのでしょうか?
まだら男ときちんと契約しましょう。
そうすべきだと僕も思います。でも、安いとはいえ4,000万円。現実的にハーメルンの町は、それだけのおカネをまだら男に支払えるんでしょうか……。
そのためには、町の税収を増やす必要があるかもしれませんね。
税収を増やす! ってことは、住民にとっては増税になる!? うわー、イヤですねえ。
いやいや、柳田先生。そんなに税金を嫌がってはいけません。町に道路が通り、川に橋がかかり、警察官や消防士が安全を守り、病院に行けば治療を安く受けられて、学校では先生がいろんなことを教えてくれて、水道や下水があって、ゴミも集めてくれる。これに必要なおカネがどこから出ているかというと……。
はい……税金ですね……。
みんなが税金を払わなくなると、そうした公共サービスを受けられなくなります。だから税金は、みんなで支え合い、よりよい社会を作るための「社会の会費」といわれるのです。
すみません。海よりも深く反省しています。
ここは発想を変えて、この町が税収を増やすための戦略を考えましょう。ネズミを駆除してクリーンな町になるわけで、それをアピールして、富裕層に移住してもらうとか、衛生管理が重要な産業、たとえば食品、医療品、化粧品、精密機器などの産業を誘致するとか……。
なるほど、税金を嫌がるのではなく、「暮らしやすい町を作るには税収を増やす必要がある」と考えればいいわけですね……。
——では、ここまでのみずほさんの話を活かすと、『ハーメルンの笛吹き男』は、どうなるのだろうか。
4 空想金融教室版『ハーメルンの笛吹き男』
ハーメルンでネズミが大量発生して、町の人たちが困っていた。
「こんな町には住んでいられない」「子どもが病気にかかったら大変だ」と、町から出ていく人も増えてきた。
町長が頭を抱えていると、まだら模様の服を着た男がやってきて、「金貨一袋で、私が解決しましょう」と申し出た。
金貨一袋! 町長は報酬の高さに驚くが、1匹残らず駆除することを条件に、しぶしぶ了承した。
ところが、まだら男は続けて「では、契約書を取り交わしたい」と言うではないか。
町長「契約書!? わしの言うことが信用できんのかね」
まだら男「万が一のためです。『すべて駆除したら、金貨一袋を渡す』と明記していただきたい」
町長「なるほど、いいじゃろう。ところで、すべて駆除したことをどうやって証明するのかね」
まだら男「おや、私の言うことが信用できないのですか?」
町長「万が一のためじゃ。契約書に『3ヵ月間、町民からの目撃例が皆無だった場合、すべて駆除したとみて業務完了とする』と記せばよいかな」
まだら男「3ヵ月!? すると、報酬の支払いも3ヵ月後ですよね!? せめて1ヵ月にしてもらいたいです」
町長「まあ、よかろう。ではもう一つ、駆除の方法も明記させてもらいたい」
まだら男「それは企業秘密ですが……。結論だけお伝えすれば、すべてのネズミを川で溺死させます」
町長「川で溺死じゃと! そんなことをしたら、川の汚染が進み、町の環境が悪化するわい。他の方法を考えてもらいたい」
まだら男「うーん、そうですか。では、町の広場に大きなカゴを作っていただき、そこに誘導いたします。ただし、カゴに集めたネズミの処理は、どなたか専門の方にお願いしたく……」
町長「そうじゃな。カゴを作る者と、ネズミの処理業者は町側が用意すると明記しよう」
まだら男「ここまで詳細な契約書を作るのであれば、報酬の『金貨一袋』というのが曖昧すぎて、気になりますね」
町長「ふむ。そこもハッキリさせよう。それと、先ほどはネズミをすべて駆除と言うたが、それだと生態系に影響が出るかもなので、少し残してもらったほうが……」
まだら男「そうしますと、業務完了の判断の方法も変わって……」
こうして2人は時間をかけて話し合い、詳細な契約書を作成していったのだった。

そして半月後、報酬23万ユーロ(約4,000万円/2024年6月末時点)で契約を結んだまだら男は、ネズミの駆除を開始した。
町の人々や観光客が見守るなか、まだら男が笛を吹くと、その楽しげな音に惹かれるように、町じゅうからネズミが集まってくる。
まだら男は、ネズミたちを従えて、町の広場まで歩き、用意された大きなカゴのなかに入ると、その場で笛を吹き続ける。
数えきれないほど大量のネズミがカゴのなかに入ってきたところで、まだら男は笛をやめ、カゴから飛び出した。その瞬間、カゴのフタが閉じられた。
ネズミの処理業者が、ネズミでいっぱいの大きなカゴを持っていくと、見学していた住民や観光客たちから、盛んな拍手が起こった。
町長が「今日から、ハーメルンはクリーンな町を目指します!」と宣言する。
住民のなかから「ネズミは100%駆除したのか?」という質問が出ると、町長は「すべて駆除すると、ネズミが餌にしていた害虫などが増えて、さらに困ったことになります」。
まだら男がそれに続けて「でも、またネズミも増えてくるでしょうから、3ヵ月に一度、私が笛を吹いてネズミをカゴに呼び寄せます」と述べた。
まだら男は「私は、契約について話し合ううちに、町長の姿勢に共鳴し、この町のクリーン化に長期的に関わっていくことにしました。」と宣言しました。
住民からは「しかし、長期契約となると、まだら男に支払う金額も増え、結果的に増税になるのでは……」と不安の声が出た。
町長は「わが町はクリーン・ハーメルンをアピールして、経済成長による税収の増加を目指します。企業誘致による雇用創出や住みやすい環境を作り、移住者を増やします。また町の宣伝にも力を入れて観光客を呼び込みます。」と目を輝かせました。
まだら男は「ネズミ駆除だけがクリーン化ではありませんぞ」と言うや、笛を吹き始めた。
すると町のあちこちから、覆面をした者や、カネの束を抱えた者たちが踊るように現れ、そのまま警察署のなかに入っていった。
「あの者たちは、泥棒や強盗などの犯罪者です。彼らも駆逐して、クリーンな町にしていきましょう」とまだら男が言うと、人々からは大きな喝采が上がった。
さらに「こんなこともできますぞ」と笛を吹くと、小鳥たちがサーッと飛んできて、楽しくさえずり、たちまち去っていった。
川面にもたくさんの魚たちが集まり、バシャバシャとダイナミックに跳ね、すぐに散っていった。
あたりが暗くなる頃には、川岸にたくさんのホタルが集まり、美しく光った。
この町に住む130人の子どもたちも、ワクワクしながらそれらを見て「この町をもっと素敵なところにするぞ!」と心に誓った。
きちんと契約をしたことで、まだら男の才能も活かし、町は美しくなり、ハーメルンの人々は活気づいたのだ。ああ、めでたしめでたし。

面白い金融の世界を一緒に学んでいきましょう。
好きな漫画は「ハーメルンのバイオリン弾き」、
好きなものは「ゲーム」、「ディズニー作品」です。