写真左から、等々力 昌彦、高橋 伸明、小島 量、柴田 正暁、早川 大 モニター内、桑原 直人
写真左から、等々力 昌彦、高橋 伸明、小島 量、柴田 正暁、早川 大 モニター内、桑原 直人
「ALPHA(アルファ)」は、日本国債の電子取引において、トレーダーが顧客への提示レートを決める際に大きな力となるAIシステム。国債と人工知能という組み合わせは非常に画期的だが驚くのは、開発・運用に関わる作業をすべて社内で行ったという点だ。「100%社内開発」を実現できた理由とは、そして開発の原動力になった思いとは——。
2021年12月、みずほ証券は国債の電子取引にAI(人工知能)を活用した新システム「ALPHA(アルファ)」をリリースした。最大の機能は、トレーダーに対して、顧客に好条件のレートを提示するためのアドバイスをリアルタイムで行うこと。
一般に国債の取引は、お客さまが複数の証券会社に対してレートを尋ね、最も良いレートを返した証券会社と約定に至る。
これまでは、トレーダーが一つひとつの注文に対して電話や机越しに声を出して、セールスを通してお客さまにレートを返すスタイルが多かったが、国債取引の電子化が進み、お客さまがパソコンを使って複数の証券会社のトレーダーに対し、同時かつ直接レートを尋ねることができるようになっていた。しかし、近年の取引件数の増加に伴い、大量の注文にごく短時間で多数のレート提示を行わなければならないなど、一つひとつの取引にかける時間的余裕がなくなってきていた。
ALPHAを発案した小島は、「そこをAIを使ってサポートできないかと考えたのが始まりだった」と振り返る。
「私は現在の部署に異動するまで10年以上、国債や地方債などのトレーダーを務めていました。ALPHAは、そのトレーダー時代の反省を込めて発案したものです。国債電子取引は年々件数が増えていますが、トレーディング業務は各トレーダーの感性や経験に基づいたきわめて属人的な作業。ここにAIの助けが加われば、より精緻なレートをより速く、より多く提示できるようになるのではと思ったのです」(小島)
実は小島は、トレーダー時代の2019年に自ら「Tangoro」というシステムを開発。一部の注文に対して自動的にレートを提示する機能により「より速く、より多く」という点は解決できたが、「より精緻な」——すなわち、従来の感性や経験に代わって、過去取引や市場環境など様々なデータに基づいたより最適な・より好条件なレート提示という課題は依然として残されたままだった。そして、翌年秋には現在の部署に異動。〈みずほ〉のグローバルマーケッツカンパニーにおけるDX推進を担うようになったのを機に、この課題解決への挑戦を決意した。



データの分析をゼロから行い、システムの実現可能性を証明するところから始める必要があった。さらに、市場の変化やトレーダーの要望に合わせて仕様が頻繁に変わることが予想されたため、対応のスピードを考えると、外注という発想は始めからなかったという。全部社内で、自分たちで開発しよう——。小島はそう考え、まず同じ部署にいたシステム構築のエキスパート、高橋に相談を持ちかけた。
高橋は、外資系証券会社やITベンチャーを経てみずほ証券に入社。趣味で作ったアプリが世界中で2000万回以上ダウンロードされるなど、まさに異能のひとである。その際立った才能は業務にもいかされており、これまでに携わったシステムは数百本を数える。
「今は部下のマネジメントをする立場ですが、自分でプログラムを書くこともときどきあります。やっぱり現場が好きなんです。だから、ALPHAの話を聞いたときはぜひやりたいと思いました」(高橋)-
一般的に、金融機関というとシステム構築やAIに詳しい人材はあまりいないように思える。小島も当初はそう思い込んでいたそうだが、高橋に出会ってそれが覆されたという。「当社にはAIシステムを100%社内開発できるだけの人材がいる」と確信できた瞬間だった。
2人でALPHA開発プロジェクトの計画を練るうち、やがて〈みずほ〉におけるリサーチ・コンサルティング、ITを担う中核会社の「みずほリサーチ&テクノロジーズ」で活躍していた桑原が同じ部署に配属。サーバー開発やシステムの運用監視に関する経験が豊富で、ALPHAのサーバー担当者には最適な人材だった。
「前職では、みずほ証券のグローバルIT統括部に常駐しながらシステム開発などを担当していました。ALPHA開発の話を聞いたとき、自分の経験をいかして貢献できるのではないか、前職での人脈をいかしてIT部門との連携も担えるだろうと、やりがいを感じました」(桑原)

次に小島が声をかけたのは、みずほ証券デジタルイノベーション部の等々力。もともと旧知の仲で、知り合ったきっかけは機械学習に関する社内研修だったという。本業務は様々な部署のシステム支援。AIをいかしたシステム開発にも詳しく、小島が求めた「より精緻なレート提示」の実現、つまり機械学習の精度向上には欠かせない人材だった。
「普段から部署を横断したプロジェクトに参加することが多かったので、ALPHA開発にもぜひ加わりたいと思いました。私の役割は、ALPHAにとって最適な設定値、すなわち215種類の入力データと出力のアドバイスとを、最も適切に関係づけるための数値を算出すること。そのためのプログラムを書き、検証を行いました。小島さんの企画意図が明確だったおかげで、早い段階から開発に着手できました」(等々力)
こうして、小島のもとにシステム構築、サーバー運用、AIモデル開発の各エキスパート3人が集結。これで「つくり手」は揃ったが、システムは「使い手」にとっての使いやすさも重要になる。ALPHAの場合、実際のユーザーは国債電子取引のトレーダーだ。
そこで小島は、自分が以前所属していたみずほ証券金融市場部に、プロジェクトに加わってくれるトレーダーはいないかと持ちかけた。この依頼に応えて、同部署から選ばれたのが早川だった。
「私はユーザーとして開発に参加し、画面のどこに何が表示されたら見やすいかなど様々な面から意見交換を行いました。実際に使うことになるのは我々ですから、トレーダーのニーズとすり合わせながら開発を進めていただけてよかったと思います」(早川)

早川の加入によってプロジェクトのメンバーは計5人になった。小島がALPHAの企画を立てたのが2021年4月。7月にはメンバー全員がそろい、12月には運用を開始している。企画から9ヵ月と短い期間で本番リリースできたのは、やはり100%社内開発であったこと、そしてそれを実現できるだけの人材が〈みずほ〉にいたことが大きいだろう。
「他社の方からも『100%社内でつくる例は珍しい』と言われました」と高橋。金融機関に限らず、システムを開発する際に協力会社の力を借りることは一般的である。しかし外部との連携が増えると、やりとりや仕様変更に時間と手間がかかるといったデメリットも。
「システム開発で企画者のやりたいことを実現するには、それをしっかり理解できるメンバーでつくることが大事。ALPHAはその好例で、皆が目的を理解し強みをいかした結果、いいものを短期間で完成させることができました。システムの安定性は当然最優先で、学習モデルの開発についてはトレーダー出身の人間が行い、インフラに近いところの開発は日ごろからプログラム開発を専門にしている人間が行うことで万全を期しました。こうした手法によって、お客さまに貢献していくことも非常に大事なことだと考えています」(高橋)
プロジェクトは今も動き続けている。運用開始後、開発メンバーの1人だった早川は異動になり、代わって同じくトレーダーの柴田が加わった。現在、追加機能の提案を行うなど、使い手の代表としての役割を果たしている。初めてALPHAを使ったときの印象を「こちらの判断を客観的かつ冷静にサポートしてくれて頼りになった」と語る。
「売買へのアドバイスは、人間が行うと経験や感情によるバイアスがかかることも。ALPHAはそれがないところが魅力でした。最終的に判断するのはもちろんトレーダーですが、ALPHAは市場の変化など多くの情報から『こういう見方もあるよ』と提案してくれるので、判断材料が増えて助かっています」(柴田)
過去のデータに基づく試験では約8割以上の取引でお客さまの取引レートが改善される結果となった。最適なヘッジ取引提案も行うことで国債取引におけるみずほ証券の競争力向上に貢献しているのは間違いない。

運用開始後、想定外の事態もあった。2022年にはウクライナ戦争や世界的なインフレなどが起こり、それまで変動の少なかった国債市場も大きな変化に見舞われた。こうした、ALPHAが学習していない事態に対応するため、小島は「トレーダーならやらないこと」を遵守させるルールをシステムに追加。予想外のことが起きても、リスクの高いアドバイスは出力しないようにした。
加えて、学習モデルを定期的に更新するように仕様を変更。できる限り最新の状況を学習させようと、現在もおよそ2週間に1回のペースで等々力がモデル更新を続けている。
サーバー運用の面でも改善が行われた。普段、ALPHAは注文から0.2秒ほどでトレーダーに情報を提供できるが、大量の注文が同時に殺到するとどうしてもサーバーが重くなり、情報提供が遅れがちになっていた。この点は、桑原が社内のIT部門と連携して迅速に対応したという。小島は「メンバー同士の距離が近かったからできたこと。これも社内開発のメリットですね」と語る。
ALPHAに携わっているメンバーたちは、20~40代と世代も違えば部署も違う。それでも気兼ねなく意見を交換し合い、ときには雑談に花を咲かせる。彼らの姿からは、誰もが安心して発言できる「心理的安全性」の高い状態であることが見てとれる。


桑原は「今回のプロジェクトを通して〈みずほ〉の底力を感じた」と振り返る。
「マネジメント層がとても協力的で、皆が部署を超えて集まることを後押ししてくれました。また、メンバーも全員がお客さまのためにという共通目的のもと、高い熱意を持って開発を進めていけました。今後の開発においてもよい財産になると思っています。メンバーのおかげで"プロジェクト成功の方程式"を学ぶことができました」
プロジェクトを通して得たものについて、等々力は「AIの部分をすべて1人で担当させてもらったおかげでシステムの奥の奥まで熟知でき、知的好奇心を満たせて楽しかった」と言う。高橋も「挑戦できる分野が広がった実感があった」と大きな収穫を得たようだ。
一方、トレーダーの早川は「国債業界にもAIが入るとは思ってもみなかった。時代の進歩をひしひしと感じた」と感慨深げ。柴田も「市場にはまだ自分が知らない重要なデータがたくさん転がっている。今後もお客さまのために、より多くの情報を生かしていきたい」と力を込めた。
そして小島は「ALPHA開発で自分の夢を実現できた」と語る。みずほ証券入社時の夢は、伝説のトレーダーになることだった。ネットで"伝説のトレーダー"と検索したとき、自分の名前がトップに表示されるようになりたいという野心を抱いていた。
「それを実現できないままトレーダー時代を終えてしまいました(笑)。ただ仕事内容は大きく変わったものの国債という土俵は変わらない中で、結果的にALPHAは"国債 AI"で検索するとトップに表示されるようになりました。非常に良いメンバーに巡り合えたことで願いが一つ叶ったかなと。本当にうれしく思います」(小島)
業務の進化に必要なものが世になければ、自分たちで作ってしまおう――。ALPHAは、そうしたチャレンジ精神の結晶と言えるだろう。部署の垣根を超えて集まったエキスパートたちが、目的や情熱を共有しながらプロジェクトを成功に導いた。人材力やチーム力で新たな価値を創出した好例として、〈みずほ〉が目指す「次世代金融への転換」の糧となっていくに違いない。