2025年9月12日
【ティファニー 銀座】ビル建て替えを支えた信託機能の奥深さ

2025年7月、銀座6丁目に誕生したティファニーのアジア最大旗艦店。ティファニー ブルーが目を引くこのビルの開発を支えたのは、〈みずほ〉が新構築した信託スキームでした。
創業125年の黒沢不動産と〈みずほ〉が挑んだ数百億円規模の建て替えプロジェクトは、いかにして実現したのか。
8年間に及んだプロジェクトの舞台裏を、黒沢不動産社長の嶋崎司さんと〈みずほ〉の高橋秀明が語ります。

創業125年の老舗企業が挑んだ開発
——銀座6丁目に、ティファニーのアジア最大の旗艦店が入居する新しい「クロサワビル」が竣工しました。まずこのビルの特徴について教えてください。

KF 嶋崎 最大の特徴は、ティファニー ブルーのファサード(建物の正面外観)です。日本を代表する建築家・青木淳さんによる設計で、二層ガラスを用いて、風にたゆたうような表情を作り出しています。
波のように成形された3Dガラスに沿ってLEDが仕込まれていて、夜には光が流れるように広がり、まるで水が静かに流れているような印象になります。
テナント構成は、地下1階から4階までをティファニーの店舗として使用し、4階には日本初の常設店となるティファニーの世界観を体験できる「ブルー ボックス カフェ」もオープンしました。
5階以上のフロアにはティファニーのオフィスに加え、黒沢不動産のオフィスや、私たちのグループが運営するレストランも入る予定です。
国内外の観光客が「ここに行きたい」と思えるような、銀座の新しいランドマークになることを期待しています。

二層ガラスを使用した壁面が美しい外観(画像:ティファニー 提供)
——そもそもこのプロジェクトはどのようにして始まったのでしょうか。
KF 嶋崎 1912年、当社は銀座のこの場所に、日本で最初の鉄筋コンクリート造のオフィスビルを建設しました。1980年には2代目のビルに建て替え、以後は自社の本社オフィスや、当社グループが運営する携帯電話の代理店などが入居するビルとして活用してきました。
プロジェクトが動き出したのは、2017年春のことです。当社の事業承継について〈みずほ〉に相談していたところ、みずほ信託銀行の原真志常務(当時、故人)から「隣地が売却に出る。興味はありますか」と情報をいただいたのが始まりでした。

TB 高橋 実はその少し前、私から一度、建て替えのご提案を差し上げたのですが、そのときは「まだそういう予定はない」とのお返事でした。ビルも築40年ほどで、老朽化というほどではなかったですからね。
KF 嶋崎 しかし、クロサワビル単体ではなく、隣地と一体的に開発できるなら、より意義のある建て替えができると考えて、具体的に検討が始まりました。
2017年9月にまず隣地の取得が決まり、さらに翌年には、その先の隣地の取得も検討を開始し、2019年4月に取得。結果的に、200坪(約660平方メートル)超という、銀座ではなかなか実現しないスケールの開発になりました。

1912年に建てられたクロサワビルの模型
総事業費は数百億円。課題となった資金調達
——これだけの規模のプロジェクトになると、多額の資金が必要になりますよね。
KF 嶋崎 隣地も含めた開発となると、数百億円規模の投資になります。当社のような中小企業にとって、この規模の借り入れを、企業の信用に基づく通常の銀行借入で行うのは現実的ではありませんでした。
また、携帯電話の代理店やお菓子の製造販売など、他にも事業を展開しているので、不動産開発のリスクを会社全体に波及させることは避けたいと思っていました。
そのため、今回のプロジェクトでは、返済原資を不動産収益に限定するノンリコースローン(返済責任の範囲が担保物件に限定されるローン)での資金調達が必須でした。
ただ、ノンリコースローンを使うには、税金の面で大きな課題があったんですよね。

ティファニー 銀座の店舗(画像:ティファニー 提供)
TB 高橋 一般的に不動産事業と他の事業を切り分ける場合、SPC(Special Purpose Company、特別目的会社)を設立します。SPCに不動産を譲渡して、ノンリコースローンを組むのです。
しかし、黒沢不動産の土地は取得から相当の年数が経過しており、簿価(取得時の価格)が極めて低い。そのため、SPCに不動産を譲渡すると、土地・建物などのほぼ全額が譲渡益として認識され、莫大な法人税が課されてしまいます。
そこで私たちが提案したのが、信託を活用したノンリコースローンでした。

——具体的にはどのような仕組みなのでしょうか。
TB 高橋 まず黒沢不動産から土地・建物をみずほ信託銀行に信託していただきます。それによりみずほ信託銀行が不動産の所有者となり、みずほ銀行などからノンリコースローンで開発に必要な資金を借り入れます。
ティファニーなどテナントからの賃料は、まず、みずほ信託銀行に入り、借入金の返済などに充てられます。その後、黒沢不動産に信託配当として収益をお渡しします。
ポイントは、信託は売買ではないため譲渡益課税が発生しないこと。そして信託された不動産の価値に応じて大型の資金調達ができることです。
信託スキームのノンリコースローンを用いた資金調達は、不動産デベロッパー主導のプロジェクトでは複数の実績があります。一方で、地権者と信託受託者が主導して開発を行うケースでは、国内初の事例となりました。
KF 嶋崎 ご提案いただいたスキームであれば「やれる」と思いました。
税務面の課題を解決できて、当社と〈みずほ〉でリスクも分散できる。このスキームの存在が、開発に踏み切る後押しになりました。

ティファニー誘致の舞台裏
——メインテナントにティファニーが決まったいきさつは。
TB 高橋 黒沢不動産が隣地を取得した頃に、「建て替えるのならば入居したい」とティファニー側から声をかけていただきました。
ただ、交渉の過程では紆余曲折もありました。
当初、ティファニーはまだ、ニューヨーク証券取引所に上場する独立系企業でした。
私たちもニューヨーク本社を訪問し、直接お話しさせていただきました。嶋崎さんと一緒にジョン・F・ケネディ(JFK)国際空港からタクシーに乗ってティファニーに向かったのを覚えています。
KF 嶋崎 ところが、日本に帰国して間もない2019年11月、ルイ・ヴィトン、クリスチャン・ディオールなど高級ブランドを傘下に持つフランスのLVMH(モエヘネシー・ルイヴィトン)グループにティファニーが買収されるというニュースが飛び込んできたのです。
ティファニーは上場廃止となり、交渉相手も変わってしまう。一時は先行きが見えなくなりました。
TB 高橋 今回のノンリコースローンは、不動産を返済原資にするため、通常の開発プロジェクトよりも、工期や予算が厳密に決まっていました。
しかし、半年以上にわたって、LVMHによる買収が成立するのか、銀座のビルにティファニーが入居するのか、などいろいろと不透明な状態が続き、不安になったこともありました。

日没後ライトアップすると昼間とは異なる表情に(画像:ティファニー 提供)
——2021年1月にLVMHによるティファニーの買収が完了して、ようやく本格的な建築に入ることができたわけですね。ティファニーとの設計・デザインのやりとりで印象に残っていることはありますか。
KF 嶋崎 LVMHの建物デザインへのこだわりはすごかったです。想像を超えていました。
このビルは、中央通りに24メートル、みゆき通り側に33メートル面していて、建物のファサードが大きく見えます。銀座の中でも珍しいくらい、大きく目立つビルです。建物デザインに対して、ティファニー側もとても気合が入っていました。
ファサードのデザインを決めるのに、6階建てほどの高さの実物大モックアップ(模型)を2回もつくりました。小さなビルが実際に建つほどの費用をかけて、です。外観に使用するガラスの柄や並べ方、留め具に至るまで丹念にデザインを検証していました。
LVMHグループのトップであるベルナール・アルノー会長兼CEO(最高経営責任者)も、ガラスのデザインや建設の途中経過を自ら確認するために何度か来日されました。
TB 高橋 デザインにこだわるほど、コストとスケジュールの調整が難しくなりました。
例えば、建物外側は公道に面しているため、二層ガラスにするには、構造的に内側に切り込む必要がありました。その分、建物内部のスペースが削られ、貸床面積が減少し、得られる賃料に影響が出ます。収益面での調整が求められました。

また、細かなデザインを決めるにも、LVMH本社のあるフランス、ティファニー本社のあるニューヨークなどを経由して、何度も検討を重ねる必要があったんですよね。
時にハラハラしつつ、一流ブランドのデザインに対するこだわりに感心しながら、プロジェクトを進めました。
積み重ねた信頼関係がプロジェクトを成功に導く
——今回のプロジェクトは、複数の〈みずほ〉の会社が関わったようですね。
TB 高橋 みずほ銀行、みずほ信託銀行、みずほ不動産投資顧問の3社が連携しました。みずほ銀行は資金の貸し手、みずほ信託銀行は事業執行者、みずほ不動産投資顧問はアセットマネジメント会社として、それぞれの専門性をいかした支援を行いました。
KF 嶋崎 みずほ銀行は、長年支えてくださっていて、今回のプロジェクトのファイナンスも対応いただきました。また、みずほ不動産投資顧問には、建築とリーシングの面でサポートいただき、ティファニー以外のテナント誘致についても、彼らが中心となって進めてくれました。

黒沢不動産と〈みずほ〉の定例会議(画像:みずほフィナンシャルグループ撮影)
——2017年から2025年まで、あしかけ約8年のプロジェクトになりました。プロジェクトの推進で鍵になった要素は何ですか。
KF 嶋崎 スピード感と信頼関係ですね。通常、こうしたプロジェクトでは複数のデベロッパーや投資家が入り、それぞれが意見を言います。でも今回は、基本的に黒沢不動産と〈みずほ〉で重要事項を決めていきました。
振り返れば、2週間ごとに計200回の定例会議をしました。長い期間をかけて、お互いに信頼し合える関係を築けたのは、プロジェクトにとっても大きかったですね。
その関係性があるからこそ、「この点が解決していないけど、話を進めますか?」といった見極めが難しい場面でも、迅速に判断できました。
通常、銀行の方はいろいろな部署を経験されるので、プロジェクトの途中で担当が代わることが多いのですが、高橋さんは最初から最後までこのプロジェクトに関わってくださいました。

TB 高橋 重要なのは、お客さまとの対話だと思っています。今回のプロジェクトに限らず、皆さん様々な課題を抱えています。そこで我々を信じていただき、本当にやりたいことを聞かせていただくことが大切です。
今回のような特殊な信託スキームによる資金調達が実現できたのは、黒沢不動産と〈みずほ〉との関係性があって、開発を通じて何をやりたいのか、どうしたいのかについてとことん話し合うことができたからだと思います。
オーダーメイドのことを英語で「ビスポーク(bespoke)」と言いますが、元々は「be spoken for」に由来しているそうです。つまり、お話を聞かせていただくことが、そこに対して最適なスキームを提案することにつながります。
KF 嶋崎 〈みずほ〉は終始、「任せてください」ではなく、「一緒にやってください」というスタンスでした。
今回のファイナンスのスキームはすごく難解で、当事者意識を持たずに任せてしまっていたら、プロジェクトは成功しなかったでしょう。
8年間の長い道のりでしたが、問題を一緒に解決していく〈みずほ〉とのパートナーシップがあったからこそ、銀座に新たなランドマークを生み出すことができたのだと思います。この経験は、当社にとって大きな財産になると確信しています。
(撮影:吉田和生)