〈みずほ〉社員のA面/B面

2026年9月18日

見知らぬ土地が、住めば都に。高知を愛し、よさこいを踊る社員

見知らぬ土地への転勤。それでも、道端や飲食店、博物館などで周囲の方に声をかけ、自ら地域のコミュニティに飛び込んでいったのは、みずほ銀行高知支店の西田です。今ではよさこいチームの踊り子として舞台に立ち、高知の魅力を熱弁します。縁もゆかりもなかったはずの高知が、なぜ「恩返しをしたい」とまで語る愛すべき場所になったのでしょうか。

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株式会社みずほ銀行

西田 友樹

【A面】壁に地図を貼って。ゼロから築いた、お客さまを「知る力」

—高知への転勤が決まった時は、どんな気持ちでしたか。

正直、不安と寂しさでいっぱいでした。恥ずかしながら、赴任前は「高知」と聞いて思い浮かぶのはカツオと坂本龍馬くらいで、土地勘も全くありませんでした。そんな場所でやっていけるのだろうか、というのが当時の率直な気持ちでしたね。

—今は、どんな仕事をしているのですか。

高知県にある〈みずほ〉の拠点は、私がいる高知支店一つだけです。今は後輩と2人で、県全域の企業を担当しています。銀行の仕事そのものは、どの土地でも大きくは変わりません。ただ高知では、人数が少ないぶん、1人で広い範囲を担う必要があります。

融資はもちろん、事業承継やビジネスマッチングまで、お客さまの課題解決につながることは何でも提案します。融資なら最適な商品を探し、不動産や事業承継なら〈みずほ〉各社の力も借りる。あらゆる引き出しを開けて、答えを作るイメージです。

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入社後、初めての転勤先が高知だったという西田

—高知に来てから、働くうえでどんなことを大切にしてきましたか。

とにかく「知る」ことです。初めての土地で信頼を得るためには、まず自分が地域とお客さまを知ることから始めるしかありません。着任してすぐ、自分の部屋の壁に高知の地図と方言をまとめたメモを貼りました。お客さまから「帯屋町(おびやまち)」「仁淀川(によどがわ)」と言われた時に、どこか分からないようでは相談してもらえませんから。

次は、お客さま一人ひとりのことです。地元紙はもちろん毎日読み、出張の際にはお客さまの県外の店舗を見に行き、お客さまの商品は積極的に購入する。クリスマスケーキを1日にホールを3つ食べたこともあります。われながらやりすぎかもしれませんが、それくらいお客さまがどんな思いで働いているのかを知りたいと思っています。

高知では遠い場所のお客さまのもとを訪ねるのに車で片道1時間半ほどかかりますが、現場に足を運び、お客さまのことを知るほど、お客さまの事業にどんどん興味が湧いてきます。そうすることで、お客さまが抱えている課題が分かるようになり、一番良い提案ができるようになるんです。

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高知県内で唯一の〈みずほ〉の拠点で、県全域のお客さまと向き合う

—その姿勢は、どのように身に付けたのですか。

着任したばかりの頃に指導してくれた課長の影響が大きいですね。「まずお客さまのところに顔を出して、宿題をもらって帰ってくる」と教わりました。相談ごとを持ち帰り、自分なりの答えを用意して、それを持ってまた伺う。その繰り返しで関係を築いていく。私のマメな営業スタイルの原型はそうやってできました。

お金に色はないといわれるように、融資はどの金融機関で借りても大きな違いはないのかもしれません。だからこそ、お客さまを誰よりも理解して、「融資が必要だ」と思った時に一番に思い浮かべていただける存在でありたいと考えています。

お客さまから見れば、私は〈みずほ〉の顔です。そして、〈みずほ〉の中では、私は高知の代表でありたい。例えば、融資に関する社内の審査では、お客さまを深く理解している自分が、強みや背景をしっかり伝えることで、社内の理解を得られることがあります。どうすれば高知のために働けるか。それをいつも考えています。

【B面】ファンから、踊り子へ。飛び込んで見つけた、本気の仲間

—高知に来た当初から、いろいろなかたちで人の輪に飛び込んでいったそうですね。

はい、最初は本当に手探りでした。仕事に慣れるのに必死だった一方、プライベートでは知り合いが一人もいません。だから、とにかく自分から周りの方に話しかけていったんです。まず同世代の友人が欲しかったので、街中や飲食店などで接点を持った方に積極的に声をかけていきました。

博物館で出会ったアメリカ出身の方とはその日のうちに意気投合し、その後も毎週末、外国の方と高知について語り合いました。その中で「東京では、基本的に各駅には駅名と番号が表示されているので、駅名を覚えなくてもよかったけど、高知では利用する鉄道には番号は表示されていないため頑張って駅名を覚えた」と聞き、小さなことですが地域の違いを知ることができたのも楽しかったです。

—よさこいとは、どのように出会ったのですか。

高知で仲良くなった方に「よさこいを見に行こう」と誘われたのがきっかけでした。初めて見た時は、最大150人が一糸乱れぬ踊りで迫ってくる姿に圧倒されました。

特に、「TACYON(タキオン)*」というチームの演舞に心を奪われました。全力で踊りながら、みんな笑顔で生き生きしている。見ているこちらまで楽しくなって、高知県内の演舞はもちろん、大阪など県外まで彼らを追いかけるようになりました。

*2015年発足のよさこいチーム。富山・岡山・広島など県外のお祭りで幾度も大賞を受賞している実力派。

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2024年よさこい本祭での演舞。総勢150人で息を合わせ、商店街いっぱいに波のような動きを生み出す

—大ファンから、どういう経緯で踊る側に回ったのですか?もともとダンス経験があったのでしょうか。

全くなかったです。でも、踊り子と商店街いっぱいの観客がよさこいで一体となる光景を見ていて、「この世界を踊る側からも見てみたい」という思いが抑えきれなくなったんです。

休憩中の踊り子さんに、「どうやったらチームに入れますか?」と聞いて回り、憧れのTACYONの門を叩きました。踊り子募集の面接では「よさこいの経験は?」「ダンスの経験は?」と聞かれましたが、「ありません。でもTACYONの演舞は県外にも見に行き、動画も含め100回以上見ました!」とよさこいへの熱意で突破しました。

実際に踊ってみると、最初は動きについていくだけで本当に必死でした。でも先輩の踊り子たちは、周りと歩幅を合わせるのは当たり前で、沿道の観客の顔を見ながら笑顔で舞っていて、「知り合いはいないかな?」と客席に目を配る余裕さえありました。

その姿を見て、自分も「もっと魅せる踊りをしたい」と練習に力が入りました。仲間に教わりながら振付を覚え、加入した翌年には本祭をはじめとする、よさこい祭りの4日間を踊り切ることができました。社会人になってから仕事以外で、同じ目標に向かって本気になれる仲間ができるとは思ってもみませんでした。

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「踊れば全員が主役になれるのが、よさこい」と語る

楽しむことが、自分の力になる。地域に、恩を返していく

—知らない土地への転勤は西田さんにとって大きな転換点だったんですね。

そうですね。赴任前は不安でいっぱいでしたが、実際に高知で暮らしてみると、そんな気持ちはすぐに消えていきワクワクしました。もともと新しいことを知るのが好きで、自分が成長していると感じられる時が、私は一番楽しいんです。

高知に来たからこそ、思いがけない場所に行くことができ、たくさんの人々にも出会え、これまで知ることができなかった文化に触れられました。高知の人は、2回会ったら友達になれるくらいフレンドリーです。初めて出会った翌日に、「車で遊びに行こう」と誘われた時は正直驚きました。

そんな温かい人柄に触れながら、地域ごとの小さな文化の違いを見つけるのも本当に面白いです。住めば都という言葉の通り、高知は私にとって第二の故郷です。いずれ別の地域に転勤することになったとしても、その土地を第三、第四の故郷として精一杯楽しんでいきたいです。転勤という会社の仕組みでいろいろな地域に行けるなんて、こんなに最高なことはないと思います。

—A面の仕事とB面のよさこい、両方があることで生まれたものはありますか。

そもそも、仕事で高知に来なければ、よさこいには出会えていませんでした。それに、初対面のお客さまと一から関係を築く経験を重ねてきたからこそ、狭き門のよさこいチームにも飛び込めました。仕事とプライベートは、地続きですね。

逆に、よさこいが仕事を助けてくれることもあります。ただ「よさこいが好きです」と言うだけなら、よそ者の社交辞令に聞こえるかもしれません。でも、「TACYONで踊っています」と伝えると、お客さまの目の色が変わるんです。「え、そんなに本気なの」と、それまで硬かった表情がふっとほころぶ。地元を大切にする方たちが、祭りの渦に飛び込んだ私を、自分のことのように喜んでくださる。その思いに、応えたいと思っています。

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沿道の観客の顔を見ながら、全力で舞いを楽しむ

—最後に、今後の目標を教えてください。

この先、また転勤もあると思いますが、国内のみならずいつかは海外でも働きたいです。転勤で見つけた日本各地の魅力を海外に伝えられたら楽しいでしょうし、日本企業が海外でどのように活躍しているのか、この目で見てみたいですね。日本企業を応援したい気持ちが、さらに強くなると思います。

一方、仕事としては、どこへ行ってもやるべきことは同じだと思っています。その地域とお客さまに向き合い、お客さまを理解して、課題を解決する。そして、その地域の魅力を自分で見つけて楽しむ。高知でやってきたことは、次の場所でもきっと生きるはずです。

ただ、今一番思うのは、まず高知に貢献したいということです。お客さまに良い提案ができれば、その会社が元気になり、働く人の暮らしも良くなります。そうやって地元で生き生きと働ける場所が増えれば、「この街で暮らし続けたい」と思える人も、きっと増えていくはずです。たくさんのワクワクをもらったこの地域に、私なりに恩返しをしていきます。

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