
〈みずほ〉社員のA面/B面
2026年5月22日
仕事で培った広い視野を伝統継承にいかす。室町時代から続く能楽の家を受け継ぎ、歩む社員
仕事(A面)とプライベート(B面)、両面で挑み続ける〈みずほ〉社員の姿に迫る連載。今回は、みずほ信託銀行の観世(かんぜ)です。「リモート営業」という新しい営業スタイルの確立に挑む傍ら、能楽師として亡き父の跡を継ぎ、17代続く「観世流太鼓方」の伝統を守っています。
みずほ信託銀行株式会社
観世 結子
【A面】営業から企画職に!「リモート営業」の仕組みづくりに挑戦
—これまでの経歴を教えてください。
〈みずほ〉に入社してからはみずほ銀行の営業として個人のお客さまを担当していました。その後、社内の職務公募制度で自ら異動を希望し、2025年4月からはみずほ信託銀行で企画職として業務に携わっています。
—企画職への異動を希望したきっかけは何だったのでしょうか?
営業職時代に受けたアドバイスがきっかけでした。「お問い合わせ内容は同じように見えても、お客さま一人ひとりの状況は異なる。まずはしっかりお話を伺い、その方に合ったご提案をすることが大切だ」と上司から声をかけてもらったんです。
この言葉をきっかけに、単に商品をご提案するだけでなく、〈みずほ〉としてお客さまにどのようなサポートができるのか、より広い視野で物事を考えるようになりました。
こうした経験を通じて得た広い視野が、お客さま対応を支える仕組みづくりから関わりたいと志す原動力となり、現在の企画職への挑戦につながっています。

将来のキャリアを考え、本部でも支店でも役に立つスキルを身に付けたいと思い、公募に手を挙げた
—現在の業務内容について教えてください。
遺産相続を中心とした個人のお客さまのご相談にリモートで対応する「コンサルティングデスク」というサービスの企画を担当しています。リモートでの相談対応の仕組みづくりから、改善・アップデートを継続的に行っています。
—担当しているコンサルティングデスクとはどのようなサービスですか?
コンサルティングデスクでは、「相続の手続きが大変」「やり方がよく分からない」といった理由で来店されたお客さまや、お電話をいただいたお客さまをリモートでサポートしています。専門知識を持つ担当者におつなぎし、オンラインでの面談を通じて、遺産の整理や相続に関わる不動産のお手続きなどについてご案内します。
従来は、営業担当者がご自宅などへ伺って対面でご案内していたのですが、移動時間の制約などから対応できる件数に限りがあり、すべてのお客さまのニーズに十分に対応できないという課題がありました。そこで、移動を伴わず効率的にご案内できるリモート営業を新たに導入。担当者一人当たりで1日に対応できる件数が増え、より多くのお客さまに対応できる体制を整えました。また、お客さまにとっては、リモートですぐ相談できる点もメリットになっています。
—企画職に就かれて1年ということですが、これまで具体的にどのような企画をされてきましたか?
例えば、みずほ証券やみずほ銀行のリモート営業部隊との連携体制を整える企画です。コンサルティングデスクでは、これまで主に銀行に来店されたお客さまの遺産整理や相続のご相談に対応していました。しかし、みずほ証券のお客さまや、みずほ銀行のリモート営業部隊が担当するお客さまの中にも同様のお困りごとを抱えている方が多いということが分かり、そうしたご相談にも対応できるよう、新たな連携体制づくりを進めました。
—企画職として、今後取り組みたいことはありますか?
今まさに取り組んでいることの一つが、コンサルティングデスクで対応できるサービスの幅を広げることです。現在は相続が発生した後のサポートが中心ですが、今後はリモートでもより幅広いご相談に応えられる体制をつくっていきたいと考えています。

「この1年は企画業務を一から学ぶ期間でした。今後は新たな施策にも主体的に取り組みたいです」と観世
【B面】伝統を守るため、社会人になってから能楽の舞台に上がることを決意
—プライベートでは伝統芸能の能楽の、「太鼓方能楽師」として活動されているそうですね。そもそも、能楽とはどういったものなのでしょうか。
能楽は「能」と「狂言」という芸能の総称で、室町時代から650年以上も途絶えることなく演じられている日本を代表する舞台芸術です。舞台上では主役を勤める「シテ方」やその相手役である「ワキ方」などの役者が登場するのですが、その後ろでお囃子の演奏をするのが「囃子方(はやしかた)」。私はその中でも、太鼓方として太鼓の演奏を勤めています。
私の家は「観世流太鼓方」の家系で、室町時代に能楽を大成した観阿弥(かんあみ)の孫の系譜を引いています。能楽は世襲制で継承されてきた家が多く、私の家も父や祖父も含め、代々、太鼓方を勤めてきました。私の父で、17代目となります。
—とても深く長い歴史を持つ家系なんですね。能楽、そしてご自身が担当している太鼓の魅力はどんなところにあるのでしょうか。
能楽は、みる人それぞれの感性や経験によって受け取る印象が大きく変わる芸術だと思います。華やかなセットや派手な演出があるわけではなく、舞台設定や情景が直接的には分かりにくいことが多いのですが、その分みる人自身がこれまでの生活や旅行したときに見た風景、感じた音やにおい、感情を重ね合わせて、舞台上の情景を自由に想像できるのがとても魅力的だと感じています。
その中で太鼓は、鬼や神、亡霊が登場する場面など、華やかさや力強さを表現する際に用いられます。ひとたび太鼓の音が入ると、それまでの空気が一変する、そんな役割があります。演奏する側としては、決してミスが許されないというプレッシャーもありますが、舞台のうえで大好きな能楽を体感できる興奮が勝りますね。

笛、小鼓、大鼓と並んで太鼓を演奏する観世(写真左)
—太鼓方の家に生まれたということで、幼少期から能楽の世界に関わっていたのですか?
6歳の頃から父に太鼓の指南を受けていましたが、大人になるまでプロとして舞台に立つつもりはありませんでした。というのも、父の教え方がとても厳しくて。正直なところ怖くて稽古を受けるのが嫌で、寝たふりをしてよくサボっていました(笑)。でも、大学に入って時間に余裕ができたときに、父に連れられて多くの舞台を観る機会があり、その中で能楽の面白さに気付くようになりました。
—本格的に舞台に立つようになったのは、何かきっかけがあったのでしょうか。
私が〈みずほ〉に入社する前年、観世流太鼓方の中心人物だった父が亡くなったんです。その2年後に祖父も亡くなって、宗家不在となる状況になりました。その頃から舞台に立ってみないかと周りに言われるようになって。急な話だったので、正直私に務まるか不安でした。ですが、先祖代々受け継がれてきた伝統なので、細々とでも続けていくことが大切だと思い、入社後しばらくしてから能楽の舞台に立つことを決意しました。
「覚悟」のようなものが固まったのは、その後です。実際に舞台に立つようになってから、「観世」という名前の重みをあらためて実感し、伝統を守っていく覚悟もより一層強まっていきました。
—伝統の継承のために、ご自身が太鼓方として活動する以外にも、何か取り組まれていることはありますか?
伝統芸術振興会の活動として、幼稚園児や小学生を対象とした太鼓ワークショップを毎年お手伝いしています。ワークショップでは太鼓を打つ体験だけでなく、太鼓に関する知識も子どもたちに伝えています。例えば、太鼓が牛の皮でできているといった素材の話や、自身の先祖が設計した太鼓を置く台のデザインや歴史などについてです。

日本の伝統文化に関する様々なカリキュラムを提供している「子どものための日本文化教室」。その中で観世は能楽の太鼓のワークショップを担当
これからも両立を続けながら、能楽を多くの人に届けたい
—能楽一本に絞らず、仕事もしながら続けているのはなぜでしょうか。
伝統を守らなければいけないという使命感もありましたが、〈みずほ〉での仕事が大好きでしたので、仕事を辞めるという選択肢は浮かびませんでした。それに企業で働きながら能楽を続けることで得られるメリットや相乗効果もあると思いましたので、両立という形をとることにしました。
—実際に、どのような相乗効果がありましたか?
能楽に取り組む中で「多少のことでは諦めなくなった」という変化は、仕事にも良い影響を与えていると感じています。能楽は、1日の稽古で急に上達するようなものではありません。小さな努力を積み重ねて、その成果が何年後、何十年後かに花開くかもしれない世界です。そのため、長期的な視点で向き合う姿勢が求められます。こうした心構えを身に付けてからは、仕事で困難にぶつかっても簡単にはくじけなくなりました。その点は、自分にとって大きなプラスになっていると思います。
一方で、一般企業で働き、様々な価値観に触れられる環境は、私にとって大きな意味があります。能楽についてほとんど知らない方が多い中、どうしたら能楽に興味を持ってもらえるのか、能楽の魅力をどうすれば伝えることができるのか、能楽の世界に身をおかない人達の考えに触れることでより具体的に見えてくることがあります。また、〈みずほ〉の同僚を舞台に誘ったり、舞台を観に来てくれる友人に、能楽の見方をレクチャーする事前講習会を開いたりしています。
今後も能楽に触れたことがない方々に対して、もっと能楽や太鼓の面白さを伝えられる存在になりたいですね。