2024年3月25日

●動画追加●3.3兆円の買収、時価総額9.6兆円の米ナスダック上場——。バンカーたちが体験した、世界的ビッグディールの裏側

3兆円の買収を支援し、複数国が絡む大規模IPOでは米ゴールドマン・サックス、JPモルガン、英バークレイズと並び、ディールの運営管理の全般と投資家への販売を担う最高位のステータスであるジョイントグローバルコーディネーター*1兼ジョイントブックランナー*2(以下、JGC兼JBR)4社の一角に。

その裏には、日本、アメリカ、イギリスの3か国で奮闘したバンカー達がいました。

求められるクオリティとスピード。
英企業の巨額買収のアドバイザリーとファイナンス。世界が注目するIPOで、JGC兼JBRを獲得する過程で築いていったグローバルにおけるバンカーとしての信頼。

今回は、2023年に大きな話題となった英アーム・ホールディングス(以下、アーム)の米ナスダック上場(IPO)の裏側で奮闘した〈みずほ〉の社員と、アームCEOにお話を聞きました。

  • *1株式等の公募・売り出しを国内外で実施する際、証券の発行・取り扱い業務を引き受ける共同主幹事証券会社。売り出しの業務全体を管理し推進する。
  • *2株式等の売り出しの際の共同幹事証券会社。売り出しの販売面を中心に管理や推進を行う。

ソフトバンクの異次元のスピードに食らいついた「3.3兆円の買収」

——本日は〈みずほ〉にとっても過去にない大規模ディールとなったアームのM&AとIPOについて伺います。まず、アームについて紹介いただけますか。

江島 アームは、イギリスのケンブリッジに本社を置く半導体企業です。

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江島 正彦

みずほ銀行 欧州営業第一部 次長 兼 みずほインターナショナル マネージングディレクター

1999年入社。約25年のキャリアの中で、主に大企業営業やM&Aファイナンス・証券化等のプロダクツ関連業務に従事。また、イギリスのロンドン・インドのムンバイ赴任を通じて約8年間を海外で勤務。2017年よりソフトバンクグループを担当、2021年より現職。

とはいえ、実際に半導体を製造するメーカーではなく、半導体チップのコアとなる基本設計を開発し、その技術ライセンス(IP)を提供する企業です。

スマートフォンにも半導体チップが入っていますが、半導体チップの90パーセント超にアームの技術が使用されているといえば、いかにすばらしい技術を取り扱っているかがわかると思います。

ソフトバンクグループ(以下、SBG)を通じたアームとの10年近くにおよぶ関わりを経て、私たち〈みずほ〉は、その後世界3か国の拠点の総力戦で、このアームのIPO支援をさせていただくことになるんです。

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ハースさん 私たちアームは2023年9月14日にIPOをしました。〈みずほ〉はその中で協力してもらった4つの投資銀行の1つになります。
私個人としては、〈みずほ〉は日本の中でも有名な投資銀行なので名前は聞いたことがありましたが、仕事で関係性を持ったことはありませんでした。
ただ、〈みずほ〉なしでは今回のIPOは実現できなかっただろうと思うほど、多大なサポートをしてもらいました。

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レネ・ハースさん

アーム・ホールディングス 最高経営責任者(CEO)

2013年10月に戦略的アライアンス担当バイスプレジデントとしてアームに入社。2015年1月からチーフ・コマーシャル・オフィサー、2017年1月からIP Products Group(IPG)のプレジデントを歴任し、2022年2月にCEOおよびARM社の取締役会メンバーに就任。

——岡本さんは14年間SBGをご担当されているそうですね。SBGがアームを買収した当時のことを教えていただけますか。

岡本 アームは、実際の買収に至る前から、有望な企業としてSBGの方から名前があがる企業でした。

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岡本 洋平

みずほ証券 投資銀行本部グローバルテクノロジーセクター セクター長 兼シニアマネージングディレクター

1999年東京三菱銀行に入行(現三菱UFJ銀行)しロンドン支店での非日系企業営業、LBOファイナンス業務等に従事。その後外資系金融機関勤務等を経て、2010年よりみずほ証券に入社。以降一貫して投資銀行業務に従事。同年よりSBGを担当。

初めて名前を聞いた当時を振り返ると「半導体コアの基本設計をIPとして提供する」という会社にどれだけの価値と将来性があるのか、〈みずほ〉のメンバーはまだ十分にわかっていなかったと思います。

そのあと数年間、SBGとの間では事あるごとに話題になり、議論を重ねるうちにいよいよ「買収したい」というSBGの意向が明確になってきました。

こういったディールの際は、SBGが考えていらっしゃる「買収後のイメージ」に更なる具体性を持たせることと、実務面での課題をとことん詰めることが我々の仕事でした。

財務情報を中心に、その企業のビジネスモデルや取り巻く競合などの情報を集め、分析・整理する。イギリスの法制度や規制について調べ、最適なストラクチャーを考える。

「明日までにプレゼン資料の準備は可能でしょうか」と連絡をいただき、SBGの方が交渉に向かわれる飛行機に間に合わせるべく、M&Aアドバイザリーの部署を中心に少人数かつ急ピッチで資料を仕上げました。

そして、SBGの皆さんが交渉から戻り、「プレゼンうまくいったよ」と声をかけていただいたときは、お役に立てて本当に良かったと安堵したものです。

〈みずほ〉の産業知見をはじめとする各専門部の知識、当時の海外ネットワークをもってしても、アームの新しいビジネスモデルを理解して、かつ、この難易度の高いディールの最善策を探ること、そして求められるスピードに応えていくことは容易ではなかったと記憶しています。

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——当時、3.3兆円の買収劇は非常に話題になりました。

岡本 当時の為替レートで総額3.3兆円の買収案件は、当時〈みずほ〉では前代未聞の規模でした。

アームはイギリスの会社だったので、買収資金の通貨は英ポンド。金額が莫大なため、その英ポンドを用意するだけでも大変でした。

市場で多額の英ポンドが買われれば、当然、英ポンドは高騰しSBGの買収負担は大きくなります。

そのため、東京やロンドンだけでなく世界中のマーケットに分散して、目立たないレベルで少しずつ英ポンドを買い進め準備しました。並行して1兆円の融資の準備も急ピッチで進めました。

また、これだけ大規模の買収になると、本当に買収するだけの資金力があるということを証明し、英当局の承認を得る必要があったんです。

多額の英ポンド集めから融資の準備、資金力の証明まで、通常数か月かけて行う業務を数週間で進めました。

当局承認にかかる時間は短縮できないため、その前段階の工程を最大限短縮しましたね。

世界が注目する時価総額9.6兆円のIPO、JGC兼JBRに就任できた裏側

——買収後、米エヌビディア・コーポレーション(以下、NVIDIA)への売却を検討するも断念し、IPOをめざすようになります。

江島 SBGが2016年に買収して以降、アームはずっと赤字が続いていましたが、それは更なる飛躍に向けた先行投資が要因でした。

その先行投資の成果を最大限発現する方法の一つとしてSBGが考えたのが、半導体メーカーであるNVIDIAとのコラボレーションであり、SBGは2020年9月にNVIDIAへの売却を発表しました。

この発表は半導体業界におけるビッグトピックの一つとして非常に話題になりましたが、この合併が実現すると、半導体業界において支配的な地位となり、公正な競争に懸念が生じると米当局が判断し、合併を認めないと発表。SBGは2022年2月に売却を断念されましたが、すぐに切り替えIPOという新たな目標を設定されました。

——IPOをめざす上で、どういった苦労がありましたか?

ガリバン アームのIPO検討時、資本市場の動きは活発ではない状態でした。その中で、10兆円規模となれば、交渉に高い負荷がかかることはまず間違いありませんでした。

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リッチ・ガリバン

米国みずほ証券 バンキング部門 テクノロジー・メディア・テレコムセクター責任者

バークレイズやリーマンブラザーズにて、テクノロジーセクターを中心とした投資銀行部門の責任者等を歴任。

ただ、他に選択肢があるわけでもない。

巨大に成長した企業の株式市場への参入を成功させること、それ自体が、非常に難しい課題になっていたんです。

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岡本 IPO検討時のアームは、買収したときと比較して、知名度が非常に高まっていました。

SBGによる買収とアームの競争力の高まりが相まって「半導体業界で有名な企業」から「世界中が知る半導体関連企業」になっていたんです。

IPOのうわさが出たときには「アームはもともとケンブリッジの会社だからイギリスで上場するだろう」「いやいや、世界中の資金が集まるアメリカだろう」と、その選択に高い注目を集めていました。

江島 もともとアームはSBGが買収する前、ロンドンと米ナスダックの両市場に上場していました。そのため、イギリスもありえるし、アメリカもありえると。

イギリス本社に多くの研究施設があり、従業員もいて、イギリスのテック業界を牽引していく会社ということで、イギリスの政府や証券取引所から、ロンドン市場に上場してほしいというラブコールがあったと各所で報じられていました。

そのため、イギリス、アメリカ両方の市場への上場の可能性を踏まえて、IPOの提案や準備を進めていきました。

岡本 結果的に2023年9月に米ナスダックで上場する際、我々はトップステータスのJGC兼JBRの4社に選ばれましたが、この選定プロセスにおいても、非常に高いパフォーマンスが求められました。

アームのIPOが決まると、米ゴールドマン・サックスやJPモルガンなど、世界中の投資銀行が、取引獲得に向けSBGに提案をしていきます。

グローバルで数々の実績を残してきた投資銀行と比較したときに、当時、世界中が注目するアームのIPOをリードする1社として〈みずほ〉がふさわしいのか、疑問符をつけて見ていた人が多かったのも事実だと思います。

アーム買収からの実績もあり、我々も提案の機会はいただいたものの、懐疑的な評価を払しょくできなければ選んでもらえない。アメリカでのIPOでも我々が高いパフォーマンスを発揮できることを示さなければならないため、日本、アメリカ、イギリスの3か国の拠点で知見を集め、アピールし続けたんです。

江島 アメリカでの大型IPOにおいて、経験と実績のある米欧の投資銀行と対等に戦うために、我々がやるべきことは2つだと思っていました。

1つは、〈みずほ〉としてSBGとの取引実績が豊富であり、SBGのことを深く理解していることから、本案件でも最大限の貢献ができることをしっかりと伝えること。

IPOでは上場後の姿をしっかりと投資家に示さなくてはならないため、「アームはこういった未来を描いていて、投資家に対してこうやってアピールすることで、このIPOはきっとすばらしいものになりますよ」と、誰よりも説得力のある説明をしなければなりません。

もう1つは、各国のメンバーが、どこよりも密にコミュニケーションを取ること。

拠点が日本、アメリカ、イギリスに分かれており、時差を合わせようとすると、大体の場合、私がいるイギリスは夜中なんです。

振り返ると大変でしたが、各国のメンバーが、それぞれの知見を持ち寄って、アームのエクイティストーリーを徹底的に議論しました。

これら2つを適切に実行できたからこそ、JGC兼JBRとしてディールを成功に導くことができたと考えています。

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岡本 グローバルで一致団結し戦った結果、最終的にはSBGとアームの両社から「〈みずほ〉はJGC兼JBRの中でも高いパフォーマンスを発揮したよね」というお褒めの言葉をいただくことができました。

アジアで唯一、グローバルで存在感を示す投資銀行へ

——日本、アメリカ、イギリスの各拠点で連携しながら大型IPOを進める上で、様々な困難を乗り越えられたと思いますが、成功につながったポイントはどこだったと思いますか?

江島 いつか来たるビッグディールに向けて、アームに関連した各種ファイナンスを提案し続けたことは非常に大きかったと思います。

日本ではSBGが持つアームの株式を活用したファイナンスを、イギリスではソフトバンク・ビジョン・ファンドに対して様々なファイナンスを提案し続けました。
なかには、1年間尽力したプロジェクトがクロージングの4、5日前に白紙に戻るような困難もありました。

成功したもの、しなかったもの、どちらもありましたが、チームで知恵を振り絞って一つ一つ積み重ねたことで、JGC兼JBRとして指名していただけるだけの信頼を獲得できたと考えています。

岡本 タイミングも良かったと思います。アメリカではCIBモデル*3を進化させて、取引実績を着実に積み上げていて、それと相乗して優秀な人材が集まってきたタイミングでした。

「いつか大きなディールを決めるぞ」と、積み上げていたものが結実したわけです。

ガリバン 私は30年にわたるグローバルファームでの経験があります。〈みずほ〉では互いを知るために多少時間はかかりますが、一度信頼を得ることができた後は、他のファームと比べても、これ以上働きやすい場所はないと感じています。ビジネスを推進するために、世界中どこからでもプロジェクトにアクセスし、全社的にリソースを投入するカルチャーがあり、チーム一丸となってディールに取り組むことができたのです。

その結果アームのIPOのようなプロジェクトに参画し、世界的な投資銀行と肩を並べることができました。

そして、私たちはアジアで唯一、アメリカ資本市場で大きな存在感を示す投資銀行になったと思います。

直近も米ヒューレット・パッカード エンタープライズが行った買収案件や、米クラビヨのIPOなど、大規模なディールに関わり続けており、今後ますますグローバルに成長できると感じています。

ハースさん 私たちアームは今回初めて〈みずほ〉と仕事をさせていただきましたが、すばらしい経験になりました。IPOをめざすにあたって予めプロセスを丁寧に説明していただいたのはもちろん、多くの投資家と良い関係を築けたのは、〈みずほ〉のおかげだと思っています。
〈みずほ〉はSBGとの歴史が長い企業ですが、アームとしても長期的な関係を保ち続けたいと思っています。

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  • *3コーポレート&インベストメント・バンキング モデル。預金・貸出業務を行う商業銀行とM&Aアドバイザリーや株式・債券の引受けを行う証券会社の両方を機能として揃える金融機関の事業モデル。

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