〈みずほ〉社員のキャリアストーリー
2024年3月18日
〈みずほ〉に恩返しがしたい。営業店勤続を経て、50歳を前に挑んだ新たなキャリア
1991年に法人営業として入社した魚瀬 照元。営業店で30年近く経験を積み、支店長としても活躍してきました。そして50歳を前にキャリアを大きく転換し、現在はみずほ銀行リテール・事業法人コンプライアンス部で検査の臨店統括を担当している魚瀬。これまでの軌跡を振り返りながら、〈みずほ〉への想いを語ります。
魚瀬 照元
みずほ銀行リテール・事業法人コンプライアンス部 営業店管理室所属
転勤を重ねながら着実にステップアップ。支店長時代の失敗経験も糧にして

▲入社当時の魚瀬
社会人として歩んでいく長い道のり。その途中には、自分が描いたキャリアが実現することもあれば、時代や会社を取り巻く環境の変化により、進路変更を余儀なくされることもあるかもしれません。
それでも自分の仕事に意義とやりがいを見出し、成長の機会に変えていく。魚瀬がこれまで歩んできたのは、そうしたキャリアでした。
「私がみずほ銀行に入社したのは、1991年のことです。バブル期だった当時、高給で安定性のある金融機関は、就職先としてとても人気がありました。ただ私が銀行を選んだのは、そうした理由からではありません。
銀行は経済の中心にあり、誰にとっても必要な社会インフラです。その中でも規模が大きい都市銀行は、経済の変化を直に感じることができ、さまざまなお客さまと取引をすることができます。そうした点に魅力を感じたため、就職先として都市銀行を選びました」
魚瀬は入社後、法人営業として高松支店に着任。その後は転勤を繰り返しながら昇進を重ね、配属7カ店目で支店長に就任します。そして支店長としても、その後は徐々に規模の大きな支店を任されるようになっていきました。
「支店を異動するごとに責任範囲が広がり難度が高くなっていく業務を、一つひとつ乗り越えることでキャリアアップしていきました。ただ、ずっと順風満帆だったわけではありません。支店長として2カ店目に担当した支店で自分にとっては忘れられない大失敗をしたことがあります」
着任して間もないころ、親密なお客さまとのみずほゴルフ会を予定していた魚瀬。ところが当日、大幅な遅刻をしてしまいます。
「開催地が遠方だったことや、私にとって支店着任後初めてのゴルフ会であったため、時間に余裕を持って支店長車でゴルフ場に向かったのですが、運転手の方がゴルフ場を間違えてしまって、結果1時間以上の大遅刻。私も赴任したばかりで土地勘がなく、到着するまで運転手の方の誤りに気づきませんでした。言い訳にもならないですが……。
当日は役員も出席し、私がアテンド役を務める予定だった中での大失態。この状況でどう皆さまに顔向けすればいいのか——会場へと向かう道中、ここでとうとうお終いかなど、さまざまなことが頭をよぎりましたが、考え抜いて決めたのは、絶対に誰かのせいにしないということです。支店長は最終責任者であり、どのようなミスも誰かのせいにはしない。そう決めて仕事に向き合ってきた姿勢を、ここでも貫こうと考えました。
お客さまには、私の確認不足で場所を間違えたとお伝えして、誠心誠意謝罪して回りました。そして、ラウンド終了後の表彰式での私のスピーチの時、この大きなマイナスからのスタートを、必ずや挽回してプラスにすることを皆さまにお約束しました。その翌日から、お客さまの案件に手を抜くことなく懸命に取り組み続けました。
それから3年が経ち、別の支店への異動が決まったため、最後のご挨拶に、そのゴルフ会の幹事を務めてくださっている取引先に伺ったときのこと。会長、社長、専務をはじめ、全社員が出口まで長い花道をつくり、私を拍手で見送ってくださったのです。あのとき言い訳をして責任逃れをしていたら、そうした関係性を築くことはできなかったと思っています」
異動を機に見出した新たな役割。築いてきた経験のすべてが役に立つ

▲同じ部署の仲間との打ち合わせの場にて
支店長として7年の経験を積んだ魚瀬。今後も営業の最前線で働きたいという想いを抱いていた中、事務サービス推進部への異動辞令を受けます。
「当時はまもなく50歳になるというタイミング。営業店を離れる可能性は考えていましたが、いざ現実のものとなるとショックでした。ただ、担当するのは検査の主任です。これまで銀行法などの法令や厳格な手続きに則り業務を行ってきた立場から、今度はそれが徹底できているかを検査する立場に変わるのだと、気持ちを切り替えました」
異動を機に新たに歩むことになったキャリア。魚瀬はその中に、自分が果たすべき役割を見出していきます。
「手続きが遵守されているかを確認することだけが、検査業務ではありません。ルール通りに業務が行われていない原因はどこにあるのか、また、各支店が抱えている課題は解決に向かって進んでいるのか、進んでいないとしたらその要因はどこにあるのかを明らかにし、組織をより良くするためにできる限りアドバイスを行うことも、重要な業務だと考えています。
プロセスとしては、まずは支店長をはじめとする支店メンバーとの面談を通じてその組織が抱えている課題を浮き彫りにしていきます。そして解決に向けた取り組みがうまく機能しているかを、アンケートなどによって検証していきます。
検査を行う立場として話を聞いていると、マネジメントの想いがメンバーに正しく伝わっていないなど、要因がどこにあるのかがよくわかるのです。間違いをただ指摘するのではなく、どうすれば解決できるか。それを営業店で長年培った経験をもとに助言し、支援することが、私に与えられた役割なのだと思いました」
担当者から支店長に至るまでの間、一つずつ役割に応じて難易度のあがる業務に取り組んできた経験。それを活かせる検査業務に、魚瀬は新たなやりがいを感じるようになります。
「アドバイスをする上で思うのは、私が〈みずほ〉で経験してきたすべてのことが、今の業務に役立っているということです。私はこれまで、規模や立地、業態の異なるさまざまな店舗に勤務し、ありがたいことに、一歩ずつキャリアップすることができました。だからこそ、それぞれの役職や環境で生じる悩みがわかり、どう対応するべきかの助言ができるのだと思います。
とくに支店の責任者である支店長は、立場上悩みを周囲に相談できる機会があまりありません。そのため検査主任と本音で相談できたという安堵から、ホッとした表情を浮かべる姿を見てきましたし、職員の方となると、面談では涙を流しながら、思いの丈をせつせつと話される姿を幾度となく目の当たりにしてきました。組織をより良くするために真剣に課題と向き合っている仲間たちの力になること。それが今の私のやりがいになっています」
仕事とは何かを教えてくれた〈みずほ〉での出会いに感謝し、恩返しするために

▲仕事中の魚瀬
魚瀬が〈みずほ〉に勤続して30余年。長く働いてきたからこそ感じる、〈みずほ〉という組織の変化についてこう話します。
「とくに大きな変化を感じるのが、人事制度です。〈みずほ〉は2024年4月より、『自分らしくある』ことを実現する人事をめざして〈かなで〉に完全移行します。これにともない、55歳を境に給与水準や業務量が一律で変わる専任職員制度も廃止されることになりました。
人によってキャリアの価値観は異なり、年齢とともに働き方を見直したい人もいれば、貢献できる限り力を尽くしたい人もいます。私は後者だったので、今後は働き続けたいという社員の想いがかなう制度に変わることをうれしく思いました」
これまで55歳を前に、別のキャリアを選ぶ社員の姿を何度も見てきた魚瀬。これからの社会人としての人生を考えて選んだのは、〈みずほ〉で働き続けるという道でした。
「この30余年間、たくさんの方々との出会いを通じ、貴重な経験をさせてもらいました。社会人としてゼロからスタートした私に、仕事とは何かを学ばせてくれ、困難に立ち向かう強さを教えてくれたのは、すべて〈みずほ〉を通じて出会った方々です。
自分が受けた恩を、一つでも多く返したい。そのためにも、私がこれまで培った経験や能力を最大限に発揮できるのが、今の検査業務だと思っています。時代の変化に応じた新しい検査のあり方を検証するためには、これまでの事例や経緯などを次の世代に伝承していくことが必要です。私が生き字引として、そうした取り組みに貢献できればと考えています」
そんな魚瀬が、今後取り組みたいことの一つとして考えているのが、各支店における課題解決へのプロセスを体系化することです。
「現在、検査の臨店統括を行う中で、数多くの支店を見ていて感じるのは、それぞれの悩みや課題には共通点が非常に多いということです。そこで課題を集約し、解決策とともに体系化することで、より円滑な解決に向けた支援が実現できないかと考えています。
たとえば、初めて課長や副支店長、支店長などの管理職に就く際、ぶつかりやすい壁がそれぞれあります。そうしたよくあるケースをまとめ、階層ごとに、どうしたらその壁を突破できるのかのヒント集や、似たような事象が起きたときにすぐ参考にできるような仕組みをつくりたいと思っています」
社会人としての人生を、最後にどう締めくくりたいか——自分だけの答えを追求して
入社当時には想像もしなかった現在のキャリア。業務の内容が変わっても、ずっと変わらず魚瀬が大切にしてきたことがあります。
「私が新人だったころ、苦手な業務を後回しにしたことで、お客さまに多大なご迷惑をおかけしてしまったことがありました。その経験から気づいたのは、自分には嫌なことから逃げようとする弱さがあるということです。以来、とにかくどんなことも先回りし、スピードを意識して業務に取り組むようになりました。
そしてスピードを重視しつつも抜け漏れがないよう、Todoリストを作り、終わったらチェックするという習慣を身につけました。その習慣は何十年と続いていて、今も寝る前に明日やることを書き出して優先順位をつけ、一日の終わりに仕事を完了できた達成感を味わっています」
そうした地道な積み重ねにより、ここまで長く築いてきたキャリア。遠いと思っていた定年が近づき、さまざまな選択肢を前に悩む同世代の仲間に、魚瀬がエールを送ります。
「自分が歩んできた社会人としての人生を、どう締めくくりたいのか、最後に本当にやりたい仕事は何なのか。それを徹底的に自問自答してほしいと思います。周囲がどういう選択をしているかとか、体裁や待遇がどうだということに惑わされてはいけません。自分の軸で選ばないと、どのような選択をしても不満や後悔が残るからです。
決して楽な考えに逃げず、正面から自分と向き合って答えを導き出すこと。それができたら、あとは目の前の業務にただ懸命に取り組むことだと思います。私の場合、50歳を目前に思いがけない異動を経験したことが、これからのキャリアを考えるきっかけになりました。
そして、自分を育ててくれた〈みずほ〉に恩返しをするという覚悟を決め、自分が貢献できることを真摯に追求してきました。私の選択は、決して誰かの正解ということではありません。とにかく自分で決めることが大事だと思います」
キャリアの転換も糧にしながら、「自分らしくある」ことを実現してきた魚瀬。これからも〈みずほ〉での出会いに対する感謝の想いを胸に、自分だけのキャリアを歩み続けます。
※ 記載内容は2024年2月時点のものです